
大学卒業後商社を経て、1979年リクルートに入社。企業の事業戦略を推進する為の人材情報誌事業に携わり、新宿支社長をはじめ、首都圏の営業部長、新規事業開発部長を勤める。
現在は、日本初のヒューマンリソースを活かしたインキュベーション事業会社インターウォーズ株式会社の代表取締役。各企業の30を超える事業開発インキュベーションや自治体の新産業創出のアドバイザーや講演活動等を行っている。事業創造大学客員教授 ニュービジネス協議会理事
薪能
2006年05月30日
過日、調布深大寺で、「薪能」(たきぎのう)の舞台を観た。日頃、触れることのない、かがり火が映し出す壮厳な、なんともいえない世界を堪能した! 今日まで受け継がれた「能」は、今から1300年に誕生し、今日に至るというのだから、日本文化は凄い。狂言「昆布売」 能「通小町」が、上演され、心が浄化される時空であった。今後もこういった催しが、継続される日本でありたいと思った。
投稿者: 吉井 日時: 10:45 | パーマリンク
53連勝
2006年05月20日
過日、五十八代横綱 千代の富士の話を聞く機会があつた!「、「53連勝」の連勝は、凄い記録だが、どうしてこんなことが、出来たのか訊ねると、「自分の勝ちパターンに持っていった結果、53白星が繋がった」と、そして、「優勝決定戦6回やっているが、一度も負けたことがないが、これはこのパターンに、仕切りの際、相手の心臓の音が聞こえ、それじゃお前、俺に勝てないよ!」と、プラス思考で望んだ結果だと・・。千代の富士が、ビジネスの世界にいても、同じことを言ったのかもしれない。

投稿者: 吉井 日時: 12:30 | パーマリンク
エコールド・パリ
2006年05月08日
過日、藤田嗣治展に行って来た。 会場は、溢れんばかりの人々で賑わい、エコールド・パリ (今から100年程前、パリに若きシャガールやユトリロ、モジリアニなどが集い、新たな画風が生まれた時代)の代表的画家として活躍した日本人がいたことは、誇りに思った。「乳白色の肌」の優美さは、これまで見た事のない美しさで余韻が残った。画家の人生と思いを賭けて、描く絵は、時計では計ることが出来ない思索があり、永い時間をかけて多くの人々に見つめられた絵は、強烈なエネルギーを持つように感じた! 「密度の高い時間」は、何よりのご馳走だ!

投稿者: 吉井 日時: 18:16 | パーマリンク
第101回「出逢いとリスク」
2006年05月01日
「もし僕が、21世紀の経済界で、20世紀のビジネス界で成功した経営者と評価されるのであれば、それはレイクロックとの出逢いに尽きる。人生は、時代だけでなく人との出逢いによって変わり、何にリスクを賭けたかだ!」日本マクドナルドの創業者、藤田田氏から何度も聞かされた言葉である。
今や外食産業は30兆円市場ともいわれ、最近では、クリエイトレストランツやワタミを始め、多くの企業群が上場市場でにぎわい、駅や街のいたる所で、ファーストフードや手軽なレストランが乱立している。今から35年前、歩きながらモノを食べる習慣などない頃、日本マクドナルドは、銀座三越で第一号店をオープンした。その様は、人々に異質な存在として目に映った。そして、今日、マクドナルド、ドトール、スターバックスをはじめ、多くのFF事業会社が創生され、飲食業界のデファクトスタンダードとなった。成長時代のビジネス環境で育ったFF事業を経営することができたことは、運が良かったからではない。レイクロックとの出逢いから、その運を引き寄せすべてがスタートし、創業前に、売上も利益もないにもかかわらず、ハンバーガー大学を創り、多くの人材を育てることからリスクを背負い、藤田経営はスタートした。
「時代に恵まれたと考えたことはない。勝てば官軍と信じて、成功するまであきらめず知恵と汗をかく。恵まれたとすれば、人との出逢いと何に賭けたかの運だ!」と、常に自分を高め自己を見失うことなく、今 ここに全力投球するチャレンジャーだった藤田田さんは、結果として使い切れないほどの資産を創られた。「リターンの源泉がリスクであるということ」をよく知っておられ、徹底したリスクテーカーでもあった。
最近、あてがわれた仕組みや目の前に映る物だけに心奪われたキャリアを求めてしまう人々の傾向に危機感を感じる。自分の「やりたいこと」を明確にし、大きな声で手を上げると、必然的に人との出逢いが生まれる。
人生は、時代の中に生きるだけでなく、出逢いによって変わる。

投稿者: 吉井 日時: 09:35 | パーマリンク