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月別過去ログ
プロフィール

吉井 信隆(よしい のぶたか)

インターウォーズ株式会社 代表取締役

大学卒業後商社を経て、1979年リクルートに入社。企業の事業戦略を推進する為の人材情報誌事業に携わり、新宿支社長をはじめ、首都圏の営業部長、新規事業開発部長を勤める。

現在は、日本初のヒューマンリソースを活かしたインキュベーション事業会社インターウォーズ株式会社の代表取締役。各企業の30を超える事業開発インキュベーションや自治体の新産業創出のアドバイザーや講演活動等を行っている。事業創造大学客員教授 ニュービジネス協議会理事

水と生きる

2006年06月03日

6月1日 サントリー社長 佐治さんの講演を聞く機会があった! グローバルな視点、そして、社会との共生理念は、素晴らしい内容に満ちたスピーチであった!創業期に、本場のスコッチに負けないウイスキーを創るベースは「水」にあると考え、徹底的に品質の高い水にこだわり、理想郷山崎に蒸留所を設けた。そして、ビール、ミネラルウォーターを含め、すべての水を創業期から厳選して今日に至ったことが、安心、信頼を得て、「伊右衛門」(一品の売上800億)など、多くの商品を開発し一兆4000億のカンパニーとなった。そして、「企業経営とは、利益の追求だけでなく、社会への還元が肝要であり、CSR(社会的責任)担わなければ、ならない!」と、言い放った言葉に余韻が残った!

佐治社長.jpg

投稿者: 吉井 日時: 12:33 | パーマリンク

第102回 「ノブレス・オブリージュ」

2006年06月01日

 GWに、倉敷の大原美術館を訪ねた。展示されている作品は、モネ・ピカソ・シャガール・ユトリロ・モジリアニ・ルソー・ゴーギャン・ミレー・ミロ・セガンティーニを始め、この紙面では挙げきれない世界の巨匠と云われる画家の代表作が揃い、その凄さに圧倒された。しかも、日本にまだ美術館などない昭和初期に、地方の小さな町に一事業家によって創られたというのだから、驚いた。そして、美術館の展示品の内容もさることながら、この美術館を創った人物に強く興味を持った。

 この事業家は、二十七歳の若さで、地方の小さな紡績会社を引き継ぎ、その後、クラレや、中国銀行や中国電力などを創設し、日本を代表する企業文化を持った企業グループに育てた大経営者・大原孫三郎氏である。大原さんの足跡を追ってみると、経営者教育どころか、学校教育も終えてないが、経営を社会的存在と捉え、正義感を追求し、「下駄と靴を同時に履こう」と試みた稀有な人間味溢れる実業家であった。
 大原経営は、「人」を徹底研究し、「人事」を経営戦略のコアに、人に任せて責任を自分が取るといった経営スタイルで、ビジョンを具現化し、関西以西においての最大の事業家となった。そして、その作り得た富を文化事業に投資育成して、自己の目標を達成した数少ない実業家である。
 昨今、企業の社会貢献が叫ばれ、企業文化やメセナが話題になり、社会から求められているが、それを60年も前にやっていたことになる。

 大原美術館は、児島虎次郎という画学生と、大原さんとの出逢いから生まれた。大原孫三郎氏が、資金を提供し、画家児島虎次郎が自らの目で、現地で、印象派やエコールド・パリと云われていた頃の作品をダイレクトに画家達から買い集めた。その結果、世界を代表する画家達の名画が倉敷の街に集り、倉敷=大原美術館ブランドとなった。 太平洋戦争中、真珠のような世界の絵画のコレクションが収集されている倉敷の大原美術館を失うわけにはいかないとのことで、爆撃目標から外されていたというのだから、驚きである。倉敷の街の持つ、文化性が、こういった背景から創生されてきたのだから、歴史は面白い。
 地方の志を持った若者達の手によって、明治維新が行われ、政治や経済も大きく変革を遂げた。そして、時同じくして、美術界においてもこれまでにない画風が、新たな若い画家達の手によって創生された。新たな文化が創生される背景には、目に見えない「ノブレス・オブリージュ」(富を得た者の社会文化貢献)の思想を持ったリーダーと、それを支えるチームの姿がいつも存在している。

投稿者: 吉井 日時: 09:30 | パーマリンク