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月別過去ログ
プロフィール

吉井 信隆(よしい のぶたか)

インターウォーズ株式会社 代表取締役

大学卒業後商社を経て、1979年リクルートに入社。企業の事業戦略を推進する為の人材情報誌事業に携わり、新宿支社長をはじめ、首都圏の営業部長、新規事業開発部長を勤める。

現在は、日本初のヒューマンリソースを活かしたインキュベーション事業会社インターウォーズ株式会社の代表取締役。各企業の30を超える事業開発インキュベーションや自治体の新産業創出のアドバイザーや講演活動等を行っている。事業創造大学客員教授 ニュービジネス協議会理事

谷中朝倉彫塑館

2007年06月17日

時々、谷中の朝倉彫塑館に出かける。小さな数寄屋造りの朝倉文雄の美術館だが、館全体が、芸術の空間となって、なんともいえない安らぎを感じる好きな場所だ。
 朝倉文雄自ら設計し、七年の歳月をかけ、こだわった建物は、小さな宇宙感があり、皆さんも一度訪ねてみたら、きっといろんな発見が!

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投稿者: 吉井 日時: 19:02 | パーマリンク

反響

2007年06月16日

昨日、大手企業の新規事業を考えているメンバー達から、「(私の)書籍を読み、その中で記載したインキュベーション応募フォーマットに事業内容をまとめてみましたので、相談にのって下さい」と、連絡があった。
 書籍を発売して、まだ一週間だがこのスピード感で動く人達であれば、「お会いしましょう」と返答したら、「できれば今日にでも」とのことで来社いただいた。 彼等の目に、不退転の意志を感じ、余韻が残った。

 本を読んでいただいた企業人から、こんなにも早く、そして、何件かの企業内起業に関する反響があった。
 企業内での起業が、甘えのない第三のキャリアパスとなり、人と企業のインキュベーションが起こってくることに期待したい。

書籍.jpg

投稿者: 吉井 日時: 07:38 | パーマリンク

世阿弥

2007年06月12日

六百年たった今も、一人の男が創った作品がそのままで演じられている。信じられない現実である。
 人間の持つ様々な煩悩を、描いた情念はいまだ光を放し続けている。日本人の心が、能楽の中に精緻に描かれているからと思える。
 過日、観た能面にかがり火の炎が揺れる薪能の舞台は、幻想的な世界を創り出し、理屈なく体が震えた。
 世界にない日本独自の古典芸能文化を創造した求道一筋の思惟深い「世阿弥」は、日本が世界に誇れる偉大な人物だ。
 世阿弥の表現する薪能の舞台の季節になったが、現在の数値絶対主義を求める経営者達に、世阿弥の世界に一度触れてみて欲しい!

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投稿者: 吉井 日時: 10:54 | パーマリンク

第114回 「黒田清隆」

2007年06月01日

 ゴールデンウィークに、五稜郭のある函館を訊ねた。函館の地は、まだ肌寒く桜も蕾のままで、日本列島で唯一、稲作文化が根付かなかった極東の地を感じた。
 五稜郭は星型の平城で、箱館戦争(1869)で旧幕府の榎本武揚と新撰組最後のサムライ土方歳三が、独立王国を夢見て、新政府軍を指揮する黒田清隆との戦いに敗れ、幕末の終焉を迎えた舞台である。

 この戦いを制した黒田清隆は、激動の維新の時代を生きぬき、第二次内閣総理大臣まで上り詰め、旧五千円札にまでなった人物だ。
興味を覚えその足跡を追ってみた。

 黒田清隆は1840年、薩摩の下級武士の下で生まれ、薩摩藩藩士として育った。黒田清隆を有名にしたのは、西郷隆盛と桂小五郎の薩長同盟を実現させたことによる。その後、幕臣幹部の中心の人物として、幕末の最後まで戦線の現場に立ち続けた人である。

 箱館戦争を制した黒田清隆は、その後北海道長官に就任した。黒田清隆は、北海道の経営にあたり、「開拓基本構想を描くには、開拓の国アメリカを参考にすべき」と考え、自ら渡米し、アメリカ政府の現役農務長官・ホーレス・ケプロン氏を北海道の事業構想策定のリーダーとして、ヘッドハンティングした。そして、このケプロン氏に、北海道の基本構想を委ねたのである。その後、このケプロン計画に基づき基盤整備事業をスタートさせたが、たちまち支出超過を招き、破綻してしまった。何故こんなにもろく、ケプロン計画が破綻したのか?その疑問を解決すべく、札幌北海道大学の北海道資料館を訪ねた。

 黒田清隆が招いた、ホーレス・ケプロン氏のキャリアを調べてみると、シナリオを描く人でなく、決断して組織を運営する企業家タイプの人間像が見えて来た。

 ケプロン氏によって、北海道開拓の青写真を描く為に投じた資金と彼自身の年棒は、途方もない金額であり、北海道を最大級に賛美した壮大な内容のケプロン計画を実行するには、当時の明治新政府の財力では、とても実行できる内容ではなかった。
「移民による農業で繁栄を極めたアメリカに学べば、きっとうまくいくだろう」と考えた黒田清隆の考えは、間違っていなかったと思えるが、北海道の未来のシナリオを託す人材としては、結果的にケプロン氏は人選ミスであったと思える。

 今日の、夕張市を始めとし、北海道の経済は厳しい状況が続いている。そのルーツは、北海道開拓のスタート時、創業のDNAを創造できなったところにあるのかも知れない。

 新たな事業を始める時、三種類の人材が集わなければ、うまくいかないケースが多い。
 その構成は、Value Creator ビジネスモデルを考える人、Excellent Player オペレーションの達人 Excellent Managerビジネスをトータルに管理する人である。こういった経営人材チームが、理想のベクトルに向かって団結すれば、想いが形になって行く。
Excellent Player黒田清隆が、Excellent Managerのホーレス・ケプロンを迎えても、ケミストリーが起きなかったのは、自然の流れだったように思えてくる。

 もし百年前、本来の北海道の土地の力を生かし、文化を継承させるビジョンを示すアントレプレナーが、前段のような経営人材チームを創っていたなら、北海道はデンマークを越える「世界の北海道」として輝いていたかもしれない。

投稿者: 吉井 日時: 09:36 | パーマリンク