
大学卒業後商社を経て、1979年リクルートに入社。企業の事業戦略を推進する為の人材情報誌事業に携わり、新宿支社長をはじめ、首都圏の営業部長、新規事業開発部長を勤める。
現在は、日本初のヒューマンリソースを活かしたインキュベーション事業会社インターウォーズ株式会社の代表取締役。各企業の30を超える事業開発インキュベーションや自治体の新産業創出のアドバイザーや講演活動等を行っている。事業創造大学客員教授 ニュービジネス協議会理事
[同床異夢]
2009年02月27日
今回の世界同時金融危機以来、早期の再上場又は、売却によって資金回収を急ぎたいファンドとじっくり腰を据えゴーイングコンサーン目指す事業経営者とがタッグを組んだMBOチームが、業績好調なら問題はなかったが、業績ダウンしたとたんに「同床異夢」の矛盾が一気に現われてくるケースが後を絶たない。
投資ファンドが株を50%以上握っている場合は、なおのこと「事業、社員、顧客」の存在がなおざりになり、出口を短期に求める経営判断が多くの不幸を招いている姿を見ると胸が痛む。
こういったMBOチームを組んで、事業再建にあたる場合、スタートの段階で両者の考えやゴール、ルールのコンセンサスがどこまでできているか、そして、リストラをいつまでにどの規模で実施し、何年で業績を立て直すか。目的や性格の違う両者が一体となって再建を進めるMBOチームで再建を果たすには、上記の明確化が成否を分けるカギとなる。
投稿者: 吉井 日時: 16:47 | パーマリンク
玉三郎
2009年02月17日
先日、歌舞伎座で玉三郎の「京鹿子娘二人道成寺」を観た。
これまでに感じたことのない五感で、目の前で繰り広げられる玉三郎の体で、感情表現する一つ一つの場面は、何処を切り取っても絵になる「画面」は、あまりにも美しかった。
そして、歌舞伎が四百年も人の心を魅了しつづけ、熟成した人生のエンターテイメント酒に酔った!
ゴーイングコンサーンが、企業にますます求められる昨今、歌舞伎の歴史に学ぶものが数多くあるように思えた。

投稿者: 吉井 日時: 17:24 | パーマリンク
繰り返す本を
2009年02月13日
最近、本の読み方が変わってきた。これまでは、様々なジャンル本をよく読んでいたが、気になる好きな作者の同じ本を何度も何度も繰り返し読むようになった。
様々な本を広く浅く読むのも一つの読み方だが、自分の人間成長に繋がるこれはという本を、繰り返し本の作者と会話するように繰り返し読み込んでいくと、心と頭がスッキリすることがある。
多くの本を多読するより、自分にとって内面に入るいい本をこれからも何度か読み込んでいこうと思っている。

投稿者: 吉井 日時: 18:28 | パーマリンク
第134回 「ベトナムの今」
2009年02月01日
2009年元旦、カオスの国ベトナムのハノイで新年を迎えた。
この季節のハノイは肌寒く、信号機のない道を警笛と共にオートバイとクルマがとぎれなく川のように流れていた。旧市街のホアンキエム湖の畔は、年末年始で多くの人で賑わい、「綿通り」「銀通り」「漢方通り」に、通り名の商品を揃えた店が並び、水の溜る道端でフォーを人々が食べていた。そして、フランス領土だった食文化が残っており、街の路上のいたる所で、子供達がフランスパンを売り歩いていた。
現地のベトナム人から、次のような話を聞いた。
国民の英雄・ホーチミンが生涯を捧げた民族解放の革命により、独立国として南北が統一された。そして、フランス植民地(80年に及ぶ)からの独立、その後、アメリカとの1980年頃まで続いたベトナム戦争によって国は疲弊した。
1950年頃、ベトナムの一人当たりの所得は中国の倍近くあり、豊かな農業国として過ごしていた。しかし、30年に亘り続いた戦争によって国は困窮化し、1986年にインフレ率は年率700%を超え、今では、一人当たりの所得が中国の半分程になってしまった。
その後、1986年にドイモイ経済改革を打ち出し、日本のメーカー企業も多く進出し、1990年頃から活力が出てきたとのことであった。
空港からハノイ市内に向かう道中、キャノンやパナソニックを始め、多くの日本企業の工場を見ることができ、世界の工場となってきていると思えた。
2001年にベトナムを訪ねた際、労働者の月収は3000円~7000円位だった。現在は、倍以上になり物価は高騰し、ホワイトカラーの年収は、3万円位となり、ドン通貨の単位が10万、50万ドン(日本円で、50万ドンは約3,500円)となって、日本の通貨単位との隔たりが更に大きくなっていた。
現地の公務員達の大半は、基本の収入では生活できないのでバイトや副業をやって生活している。
社会主義一党政治の土台の上に、「年率7%以上の経済成長」を謳い文句に、海外からの金融株式投資がおこなわれ、ベトナムのホーチミンやハノイの一角に、ガラスウォールの高層ビルが威風を放ち、多くのITベンチャー企業が育っている。
一方、田園風景の豊かな地を訪ねると、牛や鶏と共にのどかに生活する人々の暮らしの中で、カメラを向けると集ってくる子供たちの底抜けの笑顔があった。
グローバル・デジタル・金融・格差社会を迎えた21世紀は、「答えのない世界」といわれる。ベトナムの子供たちの目が、輝き続ける未来であることを願いたい。

投稿者: 吉井 日時: 09:59 | パーマリンク