
大学卒業後商社を経て、1979年リクルートに入社。企業の事業戦略を推進する為の人材情報誌事業に携わり、新宿支社長をはじめ、首都圏の営業部長、新規事業開発部長を勤める。
現在は、日本初のヒューマンリソースを活かしたインキュベーション事業会社インターウォーズ株式会社の代表取締役。各企業の30を超える事業開発インキュベーションや自治体の新産業創出のアドバイザーや講演活動等を行っている。事業創造大学客員教授 ニュービジネス協議会理事
第147回 「下村澄さん」
2010年02月01日
「人間学」を追求し、多くの人々に分かり易く様々な形で、「人間とは何か?」を伝えてこられた尊敬する生き方の師だった下村澄さんが、昨年の11月19日亡くなられた。
最初にお会いしたのはニュービジネス協議会の専務理事の頃で26年前になるが、以来論語を始め多くの事を教えていただいた。
12月21日、日本記者クラブプレスセンターホールにて、お別れの会に参会した際、改めて下村さんの「人生こそが最大の作品」と言っていた言葉が、目の前に広がった。
いつも笑みを絶やすことなく人を思いやり、心穏やかに、師と仰いだ安岡正篤先生の教えを実践しながら伝達する活動をしておられた。下村さんから、人の出逢いや人脈がいかに人生を豊かにも、淋しくもすることなのかを身をもって教わった気がする。
また、様々な言葉の力によって、生き方が変わり、人としてのいかに生きるべきかを幾度も聞かせていただいた。
会魔といわれる程、様々な会に参加され、私の顔を見つけると声を掛けていただき、今の時代観や、日本の未来や人々の心が荒れていることを、特に最近は憂いておられた。
そして、出版された書を何冊もお送りいただき、最近まで79歳とは思えないほど積極的に活動しておられた。
永い間、利害を超えたお付合いをさせていただき、私にとっては勿論のことだが、混迷を極めている日本にとっても、陽明学を説いた大きな星が亡くなってしまったことが残念でならない。
「今こそ、渋沢栄一氏のようなスタンスの人の出現が求められ、インキュベーションは大変重要な役割であり、雇用を創っていかないと日本は駄目になる」と今年の年頭に下村さんが語りかけてきた言葉が脳裏に残っている。
一人でも多くの人に、下村澄さんの残された書を読んでいただき、本来の日本人あり方が広がっていくことを願いたい。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第146回 「起業~企業は、ダーウィンの進化論」
2010年01月18日
昨年の11月にスタートした、イントレプレナー講座参加者の事業計画が、2月中旬に向けまとまる。「起業から企業に」現所属企業の経営資源を活用し、一人でも多くのメンバーがイノベーションを起こしてくれることを願っている。
起業とはダーウィンの進化論のように、連続的ではなく、非連続的に進化していく。
突然変異の生物の多くはすぐに死んでしまう。環境に、より適応した数少ない種の生物が、その後永く生存している。非連続の進化がなければ、マンモスの様にその種の生物は存在しなくなる。企業も同じで、起業の多くは10年も経つと無くなってしまっている。市場環境が激変している今日、企業が生き永らえていくには、この進化への挑戦、イノベーションがなければ、国も地域も企業も個人も存続発展していかない。
企業の組織は作ったときから古くなり始める。組織を陳腐化させない為の対応策を常に打っていかないと、必ず衰退していく生き物だ。
企業は環境適応しなければ、とのことを多くの経営者が言っている。お客様や株主、社員、社会、すべてのステークホルダーの利益が大切だが、平時ではない今の時代、私は日本の企業経営者が自らの利益を優先している姿を見ると、その企業には未来がないように視える。企業は顧客の為に存在し、社員が成り立ち、株主や社会に貢献できる、というプライオリティだと考えておかないと、経営者も社員も正しい判断ができなくなってしまう。
そして、会社で最も大切な土台にあたるものは理念であり、理念は自分たちの既得権益でなく、高い志を持たないと組織が対立し合うものとなる。
理念を実現する為に、今の自分たちだけでなく、自分たちより優秀な人材を迎え入れていくことが、起業から企業へと成長していくことを、これまでの15年間のインキュベーション経験で学んだ。
雇用環境が厳しい今こそ、ジャストフィットする人材を迎える絶好のチャンスを迎えている。

投稿者: 吉井 日時: 19:33 | パーマリンク
第145回 「希望の年に!」
2010年01月01日
昨年はこれまでにない世界的なパラダイムシフトにより、人々の意識革命が起こり社会の枠組みが大きく変化した年だった。
過日、お会いした中国人の経営者から次の様な話を伺った。
「現在、中国の企業では日本の企業の様な終身雇用習慣も、年金制度も、失業保険も、医療保険もほとんど未整備です。だから自分や家族を養っていくには、必死になって一生懸命働くんです。中国人が企業に求めるのは、自分を守ってくれる事ではなく、頑張った評価として職場の確保と報酬、そして自分の成長の場です。
その結果、中国は過去30年に亘り、年に10%成長してきたのです。このスピードに追いつけなければ生き残っていけないですよ!自分の実力を高めれば、その代わりチャンスはいくらでもあります。今の中国人の一人当たりの賃金は、日本の10分の1にも満たないかもしれない。しかし、今日より明日、少しでも豊かになる為に、必死に皆働いているのです。」
かつて、私達の祖父母や両親は、今と比較してとても貧しかったが、笑顔と、明日への「希望」を持って頑張っている姿があった。
今の日本人に欠けているのは、先人達の明日に向けての希望を持った起業家精神なのではないかと、中国人の経営者の話を聞いて思った。
デフレ、円高、株安、成熟化、高齢化、GDPの低下、50兆の赤字国家、リストラ、年収ダウン、日本経済の悲観論、閉塞ばかり見聞きする現状の話を聞いて、憂えていても何も始まらない。
日本は第二次世界大戦後、先人達の頑張りによって奇跡の復興を遂げ、世界第2位の経済大国となった。
株も土地も時価でアメリカを上回り、一人あたりのGDPは世界一になったことがあったことを、今でもよく覚えている。しかしその後、80年代半ば頃から今日まで、20年間ほとんど成長していない。その間、中国、韓国、インド、ブラジル、インドネシアをはじめ世界の他国は成長している。
昨年政権交代し、国民は新たな政権に期待し、新たな光を求めている。しかし、私は、多くの人が「お上」に頼っているから、今日の現状を国民は招いてしまったことを認識すべきだと思う。また、選挙の投票にも行かない人が、国に頼ったり、批判している姿は、滑稽に思えてくる。企業の経営者も、一人ひとりの個人も、経済的に第二の敗戦をした現状を直視し、グローバル社会とは、一人ひとりが人任せでなく、自分達の力で競争して勝ってゆかなければ未来がないと認識すべきだと思う。
元々日本は、資源は無い国であり、豊田佐吉さん、松下幸之助さん、盛田さん、本田さんはじめ多くの先人達の起業家精神によって、世界を相手にビジネスを展開し、繁栄してきた。
しかし、資源は有限であり、もう後進国から安く買えることはないことを、認識した上で、これからに臨まなければならない。
今回の世界同時金融危機は、グローバルな規模での混乱で枠組みが変わり、これまでの一時的な不況とは種が違うと私は思う。そして、目線を変えると、成熟化社会、グローバル化社会の中の至るところで機会の窓が大きく開いている。
行き過ぎた内向きの価格破壊や、人減らしによって企業の存続を考えるのではなく、今こそグローバルな視点で、新たな社会の本来求めているニーズやドメインに進出してゆくことが肝要だ。そして、志を持った起業家と共に、一人でも多くの人が勇気と希望を持って、他人任せでなく頑張っていくことに、未来の私達の幸せが見えてくると思う。
今後もできる限り機会を創り出し、一人でも多くの雇用を創生するチャレンジをしてゆきたい。
2010年元旦

投稿者: 吉井 日時: 09:49 | パーマリンク
第144回 「つなぐ」
2009年12月01日
今年も残すところあと一カ月となった。実質10年を超えるデフレ基調が続き、株安・円高、そして、例のない成熟縮小均衡マーケットの中で、大きな変革と先々に出口の見えない年を感じた方々も多かったのではないだろうか?
新たな政権が誕生し、人々の意識や価値観の革命が起こり、今年はパラダイムシフトの年として歴史に残る年になると思う。
過日、浅草の伝統職人の中小経営者の集う会で、手に職をつけたい若者が、最近多く訪ねてくるとの話を聞いた。新卒の大学生や、大会社を辞め、職人として働きたい人達が増えている。
特に、インターネットがスタンダードツールになってからは、情報が入手しやすくなり、高度な専門の知識やスキルを持った人たちは、組織に属さず、企業の盛衰に振り回されることのない、個人事業主として、「インデペンデント・コントラクター」「プロフェッショナル・ワーカー」「フリーエージェント」といった呼称で、新しい働き方をする人々が増えてきている。
ここ数年の多種多様な商品やサービスを求める消費者のように、「職のロングテール」の方向への意識変革が始まったように感じる。
老大国日本は、様々な問題が噴出し始めている。企業にとっては、新たな付加価値を創造してゆくイノベーションへの挑戦が不可欠な時代だ。これまでの延長線で、仕事を進めていけば、楽かもしれないが、先々は必ず衰退に入る。
パラダイムシフトが起こっている今こそ、新たなチャレンジをしてゆかないと、次の時代で存続が見えてこない事業を抱えている企業が多い。様々な業界でイノベーションをしてゆかなければとの声を聞くが、そのアプローチの一つは、私は「人と人をつなぐ」ことにあると考えている。
主体性を持った本気の企業経営者同士の出逢いは、企業を根底から変えることがある。昨今の勝ち組といわれている企業のビジネスモデルの中に、共通の「つながる」要素があることを皆さんに気づいて欲しい。
ユニクロと東レとの出会いによって、ヒートテックのような爆発的ヒット商品が生まれたように、人と人との出会いのOpportunities(機会)によって、化学反応が起きる。
時代が変革している今こそ、起業家精神を持った人と人をつなぐ機会を創り出し、革新的なことを起こしてゆきたいと思っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第143回 「変化の中に、チャンスが」
2009年11月01日
新政権発足から2ヶ月が経った。ハイスピードで財政支出政策を打ち出しており、新政権に期待したいが、富を創出する政策や戦略が一つもないことが気になる。
家庭に例えると、奥さんが家庭内の支出を昨年とは違った使い方をしようとしているが、その総額は950万、一方旦那が稼いでくる年収は400万であり、550万のマイナスだ。収入を上げてゆく為にどうするのかの計画がなく、収入をはるかに超えたお金を使い、しかも、子供を担保に8600万借金をしている現状にある。
過日、長年経営に携わられた方から、今の経済状況は過去の延長にない、統一の答えのない不透明な時代であると感じるとの話を聞いた。
2007年を起点に、毎年40万人ずつ就労人口が減っている。そして、今年もあと2ヶ月となった。今年の上場企業数は3年前の4分の1にも満たなく、失業率は6%近く、戦後最悪と言われている。
今、私たちは、デジタル、グローバル、成熟化、高齢化社会の構造変化と世界同時金融危機によって、パラダイムシフトが起こっている渦中にいる。その結果、人々の価値観が激変している事実を目にすることが、最近特に多い。
ユニクロや、ABCマートや、ニトリは、単に安いから売れているのだろうか。また、プリウスは、エコの補助金があるから売れているのだろうか?
生活者一人ひとりの持っていた価値観の急激な変化によって、選ばれる商品やサービス選択の変化のスピードが劇的に速まってきている。
人はゆっくりとした変化には鈍感であるが、昨年のリーマンショックをきっかけに、一気に人の意識の変化が表面に出てきた。
過日、若い人たちの飲み会で、リッター4キロしか走らないような車やブランド品を身につけていると恥ずかしいとの声を聞いた。今は、賢い消費をしていないと格好悪いという時代に向かっているのだと思えた。
資源のない日本の企業はこれまで、付加価値を付けた商品を北米を中心に海外(ここ数年は、アジアへの輸出が48%)から外貨を稼ぎ、黒字貿易によって内需を喚起する国のモデルが、世界のGDP2位のポジションを創ってきた。そして、今このモデルはほころび始め、いつの間にか貧困率が先進国ではワーストとなり、これからは価値ある良い商品を内外に安く売る流れを創らないと、生き残れない風潮になっている。
一方、不景気だといわれながら、国民の個人資産が1,400兆円もある国は、世界中どこを見渡しても存在しない。
社会の中に息づく、一人ひとりの生活者の変化した価値観に対応する、商品・サービスが無いから、無駄なお金を使わなくなってきている。
過日、地元の繁盛店の店長から、「週末に孫が来るから」と、お菓子や肉を買うお婆さんが増えているとの話を聞いた。見えない週末家族が増え、そこに向けての小売のMDができているお店が、繁盛している。
こういった一人ひとりの購買の動きを掴みとってイノベーションできない企業に未来は無い。
今回の強烈なリーマンショック以降のパラダイムシフトの中にビジネス機会がある。顧客を見つめる目とクリエイティブな能力を磨き、行動力のある人と企業がチャンスを掴み、生き残る時代を迎えている。

投稿者: 吉井 日時: 09:36 | パーマリンク
第142回 「勝てば官軍」
2009年10月01日
政権交代による期待と不安が経済界に広がっている。経営者は、政府に頼ってなんとかなどと思っていないと思うが、先々に、「答えが見いだせないが、何とかしないと」との言葉を多くの経営者から聞く。マクドナルドの創業者の(故)藤田田さんから、何度か伺った言葉に、「勝てば官軍」という言葉がある。今の状況下をいかに乗り切るか、藤田さんから伺った勝者の法則を紹介させていただきたい。
藤田さんとの出会いは、今から25年前のことになる。発想力・行動力・明快な言語発信力は、社会が混迷している時、いつも明快な自分の信じる考え(プリンシプル)を、以下のように語っていたことが印象に残っている。
ビジネスは勝たなければ、社会から退場させられるのだから存在価値はない。人生もまたしかり。人生を豊かにするためにも、勝つことは生きていく為に不可欠なことであり、勝つには、「宇宙はすべて78対22に分割されている」ことを理解しなければならない。
この原則(法則)を外れたら、金儲けはできない。儲けたくないのなら、何をやってもいい。世の中には、石を刻んで喜んでいる人もいるのだから。でも、儲けたいなら、決して原則をはずれてはいけないと、欧米の名だたる商人達から教えられた。
例えば、世の中には「金を貸したい人」が多いか、「金を借りたい人」が多いかといえば、「貸したい人」のほうが断然多い。一般には「借りたい人」の方が多いと思われるようだが、サラリーマンでも、「儲かる」となれば「貸す」という人が圧倒的に多い。
インチキ金融商品や投資にひっかかる人や企業や国が後を絶たないように、事実は逆で、「借りたい人」より「貸したい人」のほうが多いのだ。
銀行が成り立っているのは、言いかえれば多くの預金者から金を借りて一部の人に貸しているからだ。この世の中は「貸したい人」78に対して「借りたい人」22の割合で成り立っているといえる。
一般大衆にくらべて、数こそ少ないが、金持ちが持っている金のほうが圧倒的に多い。
宇宙の大法則に従えば、一般大衆の持っている金を22とすれば金持ちのそれは78だからである。
現実に金を持っている人を相手にして、ちょっとしたお金持ちなら必ず欲しがって、しかも現実に手の届くものを売ること、それこそが商売の秘訣だ。
上流階級にあこがれる傾向は、とくに女性の方が強いが、男性でも一流好み、デラックス好み、貴族趣味などという人は意外に多い。デフレ時代は、安さだけでなく品質やデザインもおろそかにしない姿勢で、しっかり追及し徹底してゆけば、ブームはしだいに大衆のほうに流れていく。そして、その期間は、ほぼ二年なのである。
ますます収益を上げる速度は、とてつもなく速くなっている。まさに時代は「スピード」命の時代であり、決断と実行の連続をいかに早くやるかが勝負の分かれ目になる。
だから、世の中は「時間を節約する」方向に向かっている。銀座でなくても、新宿でなくても、新潟県の山奥にいても様々な決断をし、取引ができる時代になった。スピードは、ビジネスの命なのである。時間の価値を知っている人間こそが事業の成功者たりうるのである。
「勝てば官軍、敗ければ倒産」なのであり、資本主義は極めてシンプルである。
すべては、「勝てば官軍」を貫いた藤田さんは、プリンシプルな人生だった。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第141回 「イントレプレナー成長エンジン」
2009年09月01日
今、日本経済の世界でのポジションは弱まり、850兆の借金を抱え、40兆の税収に対し、100兆の支出によって、マイナス60兆のPLとなって、人々の間では、現状も含め未来への不安が蔓延している。完全失業者数は今や300万人を超え、5.7%を超え、401Kも先々見えなくなり、バラマキの目先政治によって、未来の子供たちに負荷がかかることは、疑う余地がなくなっている。そして、企業も個人もますます格差の拡大に拍車がかかり、国民は民主党に政権を委ねた。
国や会社と共に頑張っていれば、持ち家をもって、ローンを払い終え、子供を学校にやり、定年後は年金をもらってつつがなく一生を終える。そんな受け身の人生はもはや送れない社会になったことを、どれだけの人が認識しているのだろうか?
私たちの先輩達は、先人を見習って頑張っていればよかった。ところが現在は、国も企業も「答えのない時代」に突入し迷路に入り込み、独自性がなく物真似をしている企業は、市場からいつの間にか消えてしまっている。
それは、個人でも同じであり、上司の言われるままに、何も考えることなく仕事をするサラリーマンは、市場価値のない人になってしまっている。
これからは、グローバルデジタル社会の中で、新たな価値を創り出す起業人材が、企業の成長エンジンとして求められている。
最近、ボストンにあるバブソン大学が、アントレプレナーMBA大学院として全米で注目を浴びている。過日、バブソン大学に通っているエネルギッシュな未来のアントレプレナーから、バブソン大学の大切にしている教えに、「機会」「資源」「経営チーム」があることを聞いた。
私は、企業経営とは、時代を洞察し、「考え」「顧客を創造してゆく行動組織運営」であり、環境適応業とし、進化してゆくことだと考えている。そして、事業の問題解決をしてゆく人材を採用し、育成していくことが、経営の本質だと思っている。
最近では、金融経済主導で複雑に絡み合った仕組みの中から、現実に直面する問題の本質を的確に捉え対処していく「問題発見能力」と「問題解決能力」を備える人材をいかに有するかが企業の存亡を決めてしまう。
昨年のリーマンショック以来、多くの企業経営者の皆さんから、「新たな収益を確保するビジネスモデルや、今の事業をもっと強い競争優位性のあるものにしてゆくには」との相談を受けることが増えてきている。
一方、新たなキャリアを求め相談に訪れる方々が、例年にないほど増えている。
こういった皆さんのご要望に、創業以来、我々が14年の歳月から実戦で習得した企業内起業のノウハウを、イントレプレナーオープン講座として、11月~2月までの4か月間行うことにした。
企業内起業は、未来の企業の成長エンジンに繋がる極めて重要なテーマである。
イントレプレナー自らが何とかしたいという強い思いと経営とのコンセンサスがあれば、事業はスタートする。そこから、「問題発見能力」「問題解決能力」を、あがきながら習得し、人と事業が育っていく。
日本で、企業内起業家として活躍している人たちに共通しているのは、「強い意志」と「問題解決する力」という共通の剣だ。
今回のイントレプレナーオープン講座の機会が、激烈な競争社会の中で、参加された皆さんが出会うことによって、化学反応を起こし、新たな成長エンジン事業を創生し、ともに成長してくれることを願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:36 | パーマリンク
第140回 「独自性の創生は、パートナーと共に」
2009年08月01日
私は、休日に民間の美術館によく行く。ある時、共通している歴史があることに気がついた。それは、時代によって美術館の運営会社の職種が変わっていくという歴史だ。ある時代は造船会社、その次の時代は鉄道関連会社、そして次は自動車関係会社といったその時代を象徴した企業が運営しているという流れがあった。それからすると未来には、新たな移動手段を開発したハイブリットから、燃料電池モーターカーなどを始めとしたCO2を出さない機能を持った移動手段を主流に商品化した会社が次世代の運営をしている気がする。
その時代時代で成長した業種が違うのは当り前の話だが、私から見るとみんな「人の移動屋さん」で共通し、その時代をリードする企業に職種がバトンタッチしてゆく歴史が生まれていると思えた。
ところが、当時の船会社の中でも、鉄道が誕生しても船のことだけを考えていて、「次の時代の人の移動手段は何か」とは、発想も危機感も感じなかった企業は淘汰された。そして、これまでと違った新たな振興企業が誕生し美術館のオーナーになっている。
美術館のオーナーになるのには、相当の財力、余力、社会貢献企業でなければなれない。もちろん、美術館のオーナーを目指されなくてもいいが、次世代を代表する企業になるために大事な事がある。
最近、不況という言葉を多くの人々が大合唱している。今は世界経済全体が、パワーを失っている。新商品開発よりもまずは目先の利益確保が大優先となっている。そして、その為の減産しながらのコストダウンは、極めて苦しく難しいことである。経営陣を始め、そのセクションの担当だけで、答えを出すのは至難の業である。
ところが、そんな中で、業績を伸ばしている企業は、世間や業界の常識にとらわれることなく、「こだわり」を持ったオンリーワンのビジネスモデルで、愚直にひたすら現場で顧客の求めていることに答えるべく努力していることが共通している。
また、こういった環境下でも収益を出している企業の大半は、自社だけの仕組みではなく他社と組むことによって、化学反応を起こし組み立てによって大きな他にない利益を生み出している。例えば、東レの存在がなければユニクロのヒートテックは生まれなく、大ヒット商品には育っていなかったはずだ。
多くの企業経営者は、何処にもないオンリーワンの商品は、自社単独で創造することを考えがちである。限られた経営資源だけで、グローバル社会で戦い生き残っていくには、自社の強みを生かし、足りないところは他社の強みを生かしたことによる同盟戦略が競争優位を発揮することに気がついていない。
これからのグローバル社会の中で成長してゆくには、パートナー戦略が大きなテーマとなってきている。
当社が、インキュベーション支援の一つにパートナーとの組み合わせに力を入れているのは、そんな考えからである。

投稿者: 吉井 日時: 09:52 | パーマリンク
第139回 「リーダー」
2009年07月01日
今、未来に向けて、力強いトップリーダーが、各界で求められている。
これまで、「リーダーシップとは」について語られることは多かったが、そのミッションの本質について何かということは、あまり聞くことがない。
戦略性、胆力、人望、企画力、推進力、は大切な要素だが、トップリーダーとは、「その時、どういう対応策をとるべきかを決める人だ」と、私は思っている。
企業を率いる組織のリーダーは、現実に適応する為に「企業組織として、誰に何を提供し、何を目指すのか!」「そのために、具体的に何をやるのか」ということを決定し実現できなかったら、戦国時代であれば死を意味する。
どんなに有能であっても、「今、何をすればいいのか」解らないリーダーは、会社を危うくする。リーダーとは、常に時代を洞察し、「そこに存在する人や組織が、何処に導き、何を求めているのか」「今、成果を上げるには、組織のどこに問題があり」「何をソリューションすればいいのか」を決断し、実行する人でなければならない。
「何をすればいいか」を把握した後は、戦略、戦術の優先順位を考え、それを具現化する為に、組織を率いて、愚直にゴールを目指す。
これまでリーダーの要素や資質が、かくあるべしと語られてきたのは、市場が拡大し前年対比や他社との比較対照で評価される時代だったからであり、何をすればいいかが、どこの企業でも同じだったから、同じような議論や書籍が販売され、それで罷り通っていた。
「私は、前年対比で○○%伸ばし、何としても絶対にこの会社を変えます」的なことを言う経営者の多くは、会社を結果的に潰してしまうケースが多い。具体的に、何処をどう変え、そのために、誰が何をするのか、優先順位はどうなっているのか、結果が出なければどう責任をとるのか、そういった具体的なことを言わず覚悟のないリーダーは、市場から排除される時代を迎えた。
会社を崩してしまうリーダーには、何故か共通する傾向がある。それは、その人の発する言葉に、主語も具体的行動も時間も刻まれてなく、「何としても、頑張る。」的な表現が多いことだ。
過日、ファーストリテイリングの柳井さんにお会いした際、大言壮語を言うことなく、世界を制する目標に向けて、方向を定め具体的な数値と時間を取り入れ、真剣に徹底的に追及していくことを静かに説いて語る言葉に、余韻が残った。
答えのない時代を、先進国の各社は迎えている。そして、今、企業のサイズや名札で自己を表現することはできないことにようやく気付いた方々が、新たな生き方を探されている。
今、この時こそ、新たな市場を切り開いて行く、強烈な意志を持ったリーダーの出現を願ってやまない。

投稿者: 吉井 日時: 09:39 | パーマリンク
第138回 「GWに」
2009年05月29日
GWに、ニューヨークとボストンを訪ねた。
マンハッタンのブロードウェイのビルの壁面は、デジタルサイネージに埋め尽くされ、様々なコンテンツが流れ、眠らない街は異臭を放っていた。そして、世界の金融危機を招いたリーマンの入っていたビルは、新たなファンド会社に代わっていた。
ウォール街のグランドゼロの跡地には、新たな高層ビルの工事が始まっており、9.11の形跡は、記憶の中にしか残っていなかった。
デジタル社会の中で、グローバル資本主義に向いた、金融立国に姿を変えたアメリカに今、大変革が求められている。ウォール街を歩きながら、この国の人々が求めた豊かさとはいったい何だったのだろうかと考えさせられた。
米国の投資会社によるグローバル化は、自己の利益を世界各地に求めた為に、世界からマネーがウォール街の投資ファンドに集中した。今回破綻したリーマンのトップの年収は70億円と聞く。その手段はスタンダード化された集中したレバレッジであった。
その結果、米国の投資レバレッジ手法が世界に蔓延し、世界的な金融不況を招いた。
レバレッジとは、本来梃という意味である。しかし、今日のレバレッジは、要は借金であり、「見せかけの成長を今買って、支払いは後」ということだ。常識的なレバレッジは、資本効率性を高める手段だが、今回のサブプライムに事を発した悪徳で巧妙なマネーゲームは、破綻を招いた必然の流れだと私は思う。
実質の経済活動を伴わない数値成長を求め、自分達だけの利益を求めたエグジット(出口)を前提に置いている投資集団が、世界を巻き込み多くの人々の生活を苦しめている。そして、この感覚は、投資の世界だけでなく、国や地域が後世に支払いを回している姿にも通じるように見える。
現在、各国で民間大手企業が立ち行かなくなった際、政府による救済が日常的になっている構造は、時間稼ぎの先送りであり根本的な解決策にはなっていない。必ず後世に苦しみを与えることになるものと思える。
20世紀までの先進各国は、軍事力と経済の成長によって国力を高めて豊かさを求めた。そして、今、世界の人々の生活が様々な脅威に晒されている。
借金による数字合わせの見せかせの成長でなく、本来の企業の本分は、社会の役に立つ目的を持って、実質の事業活動によって、企業のゴーイングコンサーンと雇用を維持していくことにある。
今回の渡米で、世界から有能な人材の集っているハーバードやバブソン大学で、「脅威ではなくなった日本」という言葉を、出会った多くの人から感じた。
今こそ、本来の日本の文化や人材を生かし、自ら事業機会を創造する起業人を、一人でも多くバックアップしてゆきたい。

投稿者: 吉井 日時: 16:31 | パーマリンク
第137回「不況期に出会い結ばれた人と企業は、成長する」
2009年05月01日
私の就職活動時はオイルショックといわれていた頃で、大半の企業は採用を中止していた。将来自分で何かをやりたいと漠然と思っていた事も手伝って、採用予定がなくても商社をはじめ様々な企業を訪ねていた。大企業から中小を含め様々な規模の人事の方々と出会うことで、自分の適性と評価が見えてきたと思う。それと同時に、自分のことを何も知らない会社組織が自分の運命を変えてしまうことに、一抹の不安を感じ始め、自立しなければと、将来独立に役立ちそうと考えて専門商社に入社した。
入社後は、新規取引先を開発する部署に配属され、短期間で数社の新たな取引先を開発した。面白い奴だと会社は思ったらしく新設立の子会社を通じ、百貨店に出向になった。
そこでの私の仕事は、カメラやDPEやアルバムを販売する仕事だった。たまたまエレベーターとエスカレータの間にある売り場だったので、朝から夜までお客様からトイレの場所を尋ねられることが多く、一日百人を超える方々から、「トイレは、何処ですか?」と聞かれた。自分はいったい何をやってるのだろうと、滅入ったこともあったが、気持ちを変えて笑顔でトイレ案内をしていると、帰りにアルバムやフィルムも買っていただくお客様ができた。
そして、そこで出会った人の縁で、東京ディズニーランドの立ち上げに関わる機会に恵まれ、リクルートに出会いリクルートで働くことになった。
今にして思うと私が入社する前の1977年のリクルートの決算は、初の減収減益だったが、採用意欲は高く社員は明るく元気な人が多かった。
歴史のある会社から、先行き不透明だが未来に希望を持った小さな日本リクルートセンターという会社に転職する“常識外れの逆張り”の選択は大正解だった。そして、その後15年、リクルートの創業者、江副さんと強烈な個性を持った集団の渦の中で、経験した濃厚な時空は代えがたい内容であり、現在のリクルートではきっと取得できない自分OSを得ることができた。
自らの体験も含め、これまで長年人材ビジネスに関わってきた経験から、不況期に大手企業が採用を手控えた時、チャンス!とばかりに採用を積極的に行ったリクルートを始めとする企業、そして、そこに入社した人は、力強く成長を遂げ現在も輝いている。
一方、好景気に、就職人気企業ランキング企業に入社し、幸運なスタートを切ったと思われた多くの人たちは、今、リストラの嵐の中で苦労している。
先々のことは、誰にも解らない。昨今の世界的な金融危機の中で、意志を持った経営者が、世界観を持ってリスクに向かって果敢にチャレンジしてゆく企業群が存在している。そして、その姿に共感して、参加してゆく人の姿がある。
リスクを冒さなければリターンがない企業経営の鉄則は、個人の就職にも共通する。
結局、輝いて生きた先人の人生や企業は、目先の計算でなく、不況期でもテーマを掲げた人と企業が出会って結ばれた時、多くの物語が生まれ力強く成長している。

投稿者: 吉井 日時: 09:15 | パーマリンク
第136回 「新規事業に取り組むには」
2009年04月01日
最近、転職相談に見える方から、こういった時代背景からか「新規事業を立ち上げる仕事をしたい」との、相談をよく受ける。当然だが、新規事業を立ち上げる役割を担うことは、会社にとって投資を伴い、そこに賭ける経営判断と責任を伴うことである。
そして、起業の責任者になることは、全てのエネルギーを集中し、土日も含め休みなどなく、途中で投げ出さない不退転の覚悟がいる。
こういった覚悟の確認を求めると、「年収は○○でないと、そして、土日は休みたい、権限がほしい、任せてくれるなら、そして、部下はこういった人材を付けて欲しい」と、要望が溢れてくる。
こういった人と真剣に向き合っていると、新規事業を立ち上げる事業の本質を本当に理解したうえで希望しているのか、理解に苦しむことがある。
起業とは、リスクにチャレンジすることであり、新たな事業を創造し収益を得たことにより収入を獲得することである。このことを前提に以下のことを申し上げたい。
創造的な仕事をするには前例や慣習、常識にとらわれることなく、大胆な仮説を立て、それを検証する姿勢が求められる。コンサバティブな先輩や上司と対峙すると、組織で孤立し、冷や飯を食うこともある。しかし、それに耐える胆力を持たないと挫折する。
そして、上司の顔でなく、マーケットのお客様の顔や声を聞かなければ新商品やサービスは生まれない。場合によっては、意志を貫くため、会社を辞める覚悟が求められることもある。そして、常識や当たり前とされることに対し、何かおかしいと自らの感性を信じることが、極めて重要である。そうして自らの思いで、一つの仮説に気付いたら、徹底的にそれをサーチすることだ。ただし、それに反する材料が出てきたらその考えを捨て去る決断も必要である。
また、同質の人材だけで、新規事業に取り組む企業は、必ずどこかで息詰まり壁にぶちあたる。タイプの違った異質な個性を持った人たちが集まりカオスの中から議論することで、新しいものが生まれる。経営サイドの責任者には、新規事業を創造してゆく起業チームを見抜く目を持って欲しい。
これから、企業内起業によって企業をイノベーションしてゆくには、独創性に富んだ異端児を塩漬けすることなく、異質メンバー同士と議論を交わし化学反応を起こし、仕掛けていくチームが、組織に求められている。

投稿者: 吉井 日時: 09:06 | パーマリンク
第135回 「原点回帰」
2009年03月01日
過日、ニューヨークに11年勤務した金融会社のファンドマネージャーから、転職相談を受けた。「ウォールストリート」で、ファンドビジネスの会社に勤めていたが、今回の世界金融破綻で企業が倒産したので、日本に帰国したとのこと。
希望の報酬額を聞くと、日本では考えられない年収なので、現状を説明するとそのギャップに驚いていた。
アメリカ発のグローバル金融資本主義の拡大が、人の意識を変え、その破綻が世界の人々の生活を大きく変えるインパクトを与えている。この人個人だけの問題ではないが、その渦中にいると自分を見失うことがある。
今後、実業で仕事をしてゆきたいとのことで、これまで数社のエージェントに行ったが、案件がなく苦労しているとのことであった。
国境を超えて最も移動しやすいのが「金」であり、移動に大きな困難を伴うのが「人」である。そして、その多くの人が、今翻弄されている。
さて、平等社会と言われてきた日本も、貧困の格差は拡がり、もはや残念なことに平等社会ではなくなってしまった。日本本来の、安心で安全の国、そして、人の人情の絆が破損され、人々の孤立が目立つようになってきた。
かつて暖かな日本の日常風景は、質素・倹約を旨とし、責任を持った頑固な親父達が尊敬されていた。しかし、こういった姿は、影を潜めてしまった。
今、米国流のグローバル資本主義から脱し、本来の日本へ原点回帰する実業が求められている。
明治を築いた渋沢栄一氏が生涯を賭け創生した会社は、「論語と算盤」の視座があった。
売りぬくマネーゲームの会社経営でなく、ゴーイングコンサーンを目指し育つ会社を一社でも多くインキュベートし、次世代の若者達が誇りを持って働く職場を拡大してゆきたい。

投稿者: 吉井 日時: 09:40 | パーマリンク
第134回 「ベトナムの今」
2009年02月01日
2009年元旦、カオスの国ベトナムのハノイで新年を迎えた。
この季節のハノイは肌寒く、信号機のない道を警笛と共にオートバイとクルマがとぎれなく川のように流れていた。旧市街のホアンキエム湖の畔は、年末年始で多くの人で賑わい、「綿通り」「銀通り」「漢方通り」に、通り名の商品を揃えた店が並び、水の溜る道端でフォーを人々が食べていた。そして、フランス領土だった食文化が残っており、街の路上のいたる所で、子供達がフランスパンを売り歩いていた。
現地のベトナム人から、次のような話を聞いた。
国民の英雄・ホーチミンが生涯を捧げた民族解放の革命により、独立国として南北が統一された。そして、フランス植民地(80年に及ぶ)からの独立、その後、アメリカとの1980年頃まで続いたベトナム戦争によって国は疲弊した。
1950年頃、ベトナムの一人当たりの所得は中国の倍近くあり、豊かな農業国として過ごしていた。しかし、30年に亘り続いた戦争によって国は困窮化し、1986年にインフレ率は年率700%を超え、今では、一人当たりの所得が中国の半分程になってしまった。
その後、1986年にドイモイ経済改革を打ち出し、日本のメーカー企業も多く進出し、1990年頃から活力が出てきたとのことであった。
空港からハノイ市内に向かう道中、キャノンやパナソニックを始め、多くの日本企業の工場を見ることができ、世界の工場となってきていると思えた。
2001年にベトナムを訪ねた際、労働者の月収は3000円~7000円位だった。現在は、倍以上になり物価は高騰し、ホワイトカラーの年収は、3万円位となり、ドン通貨の単位が10万、50万ドン(日本円で、50万ドンは約3,500円)となって、日本の通貨単位との隔たりが更に大きくなっていた。
現地の公務員達の大半は、基本の収入では生活できないのでバイトや副業をやって生活している。
社会主義一党政治の土台の上に、「年率7%以上の経済成長」を謳い文句に、海外からの金融株式投資がおこなわれ、ベトナムのホーチミンやハノイの一角に、ガラスウォールの高層ビルが威風を放ち、多くのITベンチャー企業が育っている。
一方、田園風景の豊かな地を訪ねると、牛や鶏と共にのどかに生活する人々の暮らしの中で、カメラを向けると集ってくる子供たちの底抜けの笑顔があった。
グローバル・デジタル・金融・格差社会を迎えた21世紀は、「答えのない世界」といわれる。ベトナムの子供たちの目が、輝き続ける未来であることを願いたい。

投稿者: 吉井 日時: 09:59 | パーマリンク
第133回 「機会の窓が、開く!」
2009年01月01日
謹賀新年
昨年は、大国アメリカ発の金融危機により、世界の経済バランスが崩れ、世界的経済危機に直面し、日本の代表企業トヨタが1,500億の赤字予測を発表するなどを始め、経済界に、激震が起きた歴史に残る一年だった。
歴史は、繰り返すといわれる。昨年の経済危機の回復は、これまでにない長い年月がかかるとの見方が多い。米国が力を失った後、空白が生まれ、カオスの状態に陥る。そして、必ずいつの時代も、どんな世界でも、混乱から新たなリーダーが創生され、新しい時代の幕が開く。
日本においては、財政は底が見え、債務を抱え、途上国の発展と円高により、資源の少ない我が国の輸出エンジンは弱まり、GDPは先進国で最下位の19位となり、国も企業も個人もいよいよ新たなイノベーションが待ったなしで求められてきている。
グローバルな枠組みが変わる転換期の今、見方を変えるとこれまでにないビジネス機会の窓が大きく開き、起業家にとっては、今こそ事業創生のチャンスの時でもある。
疲弊している昨今の現況から、国も地域も企業も、困難を克服してゆく新たな事業を発展に導く源は、本気で事業に取り組む志を持った起業家の輩出にある。
変革の時代の今、いよいよ企業内起業家が求められてきている。
世の中の多くの方々が、もっと悪くなると予測している。しかし、私は、今年ほど希望を持てる年はないと思う。何故ならば希望という言葉は、大変な厳しい状況から生まれる言葉だからだ。朝の来ない夜は、ない。そして、厳しいという声が蔓延している中で、事業を立ち上げる人が少ないということは、競争優位に立てることになる。
インターウォーズの理念である、一人でも多くの起業家を創生し、一人でも多くの人の雇用創造に向けて、唯一の「人と企業のインキュベーター」として、機会の窓が開いた2009年の幕開けにあたり、希望を持って全力で取り組んでいきたい。
2009 元旦

投稿者: 吉井 日時: 09:37 | パーマリンク
第132回 「掛け算の時代」
2008年12月01日
激動の昨今、日本の歴史が大きく変わった戦国時代や幕末に、歴史を動かしたパワーは、「人の能力が足し算でなく掛け算になったからだ!」と、歴史小説家の司馬遼太郎さんが語った言葉を思い出す。
ふつうの時代なら百の能力の人間と百の能力の人間が出会うと二百にしかならない。
しかし、戦国や幕末の時代には、人間の能力が掛け算になり一万になったということだ。
今の時代の経済環境は、世界規模の百年に一度の転換期にあるといわれている。
人と企業、企業と企業の能力が重なりあうことによって、突出した変貌をとげることがある。
例えば、出遅れた日本でのインターネット業界が急速に発展したのは、志と展望を持ったソフトバンクの孫さんと、ヤフーの井上さんや、(現SBIホールディングス社長)北尾さんを始め、インターネットの未来を信じたリーダー達の出逢いがあったからである。
この出逢いが業界にインパクトを与え、進化のスピードが速まり劇的にインターネットが日本に拡がった。
志と能力を持った人と人とが出会い、そして、重なり合った時、掛け算パワーが創造され、業界の歴史を変えてしまうことがある。
世界的なイノベーションが求められている今、ますます、人間相乗効果を起こす時代へのスピードが速まってきている。
そして、この爆発エネルギーをさらに加速させ増幅させるのは、きっと、これからの時代に生きる「限りない上昇志向と志を持った人々」の掛け算にあると思う。

投稿者: 吉井 日時: 09:59 | パーマリンク
第131回 「顧客接点」
2008年11月01日
先月、日本の株価は26年ぶりに7,000円台に突入、円高に拍車がかかり、世界規模で経済が激動している。
そして、ビジネス環境変化の中で、企業における顧客との接点が、激変の過程にある。すべての企業に「顧客との接点」が、存在している。顧客は「個客」となり、顕在ニーズは「潜在ニーズ」に、提供すべきはモノから「ソフト価値」へと、進化している。そして、企業も属人的な営業部隊から、インターネットビジネスを始め、営業アウトソーシング、コールセンターといった様々な形態へと変化し、企業の顧客との接点が多様に変化している。
しかし、実態は様々な形態で試してみるものの、成果はそれほど上がっていないとの声をよく聞く。
うまくいかない要因は、ビジネスモデルだけでなく、様々な問題によって、成果が出ていないように思う。
過日、食品のメーカーの方から、次のような話を聞いた。
スーパーでのお客様に、試食による販売促進の為に、派遣パートを全国に300人配置した。そのメンバーの中で、一人だけ信じられない売上をあげている人がいた。同じ商品を同じ値段で売っているのに、このパートの方だけ6倍を超える売上なので、不思議に思い本人に確認したところ、「自分だったら、週単位でこういう食べ方をすると考え、一週間分の商品をセットで、体に良い効能を説明しながら販売している」とのことであった。
この話を聞いて、週間単位の商品の組み合わせと効能を説明する販売マニュアルを作成し、全国の納品先のスーパーで販売したところ、過去にないほど売上が上がったとの内容であった。
『顧客との接点』を担うパートの一人の女性が、知恵を絞って生み出した販売戦術が、会社組織を動かし、大きな成果を生んだ。
コンピュータやシステムだけでは、「進化」を起こせない。生み出せるのは「人」だけである。
ビジネスを創造する起業も「人」であり、企業を進化させゴーイングコンサーンに導くのも、「顧客接点を担う人」から、始まる。
顧客と企業を結びつけ、顧客視点から行動し、現実から未来を創る「顧客接点を担う人々」が感じとった情報を会社組織が活かし、商品やサービスを高品質なものへと変化させ市場に提供された時、企業の進化と生存がもたらされる。
いつの時代も、顧客との接点を担う人材の中に、繁栄のキーが存在している。

投稿者: 吉井 日時: 09:17 | パーマリンク
第130回 「破壊からの、スタート」
2008年10月01日
今から14年前、世界での日本の一人あたりのGDPはNo.1となったといわれていた。
このところ、政治も経済もますます混沌とし、海外に出かけると円の通貨価値が弱まっていることを感じるが、現在の、日本の一人あたりのGDPは世界で22番になったといわれている。そして、不動産業界の不振、リーマンブラザーズの経営破綻に始まり、金融不安に見舞われているせいか、未来に希望が持てないと、株価の低迷が続いている。
過日、76歳になられる多くのベンチャービジネス企業の消長を見てこられた方から、次のような話を聞いた。
「急激に事業が成長して、時代の寵児といわれた企業が、一気に停滞し行き詰まってしまうケースが後をたたない。これは、ベンチャー企業だけでなく大手企業にもいえることであり、ビジネス界だけでなく役者やスポーツマンにも言える。この停滞をどう打開するかの答えは、『破壊』にある。
例えば、エビが成長するのは、殻が細胞分裂して育ってゆくのではなく、中身が成長してきて、殻に収まらなくなると、身の丈に合わなくなった古い殻を脱ぎ捨ててしまう。脱皮することによって大きくなり、その繰り返しによって、エビは成長してゆく。
これまで努力して築いた事業の、更に大きな飛躍を試みるには、これまで確立したものの殻を、破壊しなければできない。」という内容であった。
これまで築いた事業モデルを壊すことは勇気のいることであるが、現在の成熟した市場で、企業を飛躍させていく一歩は、壊すことから始まるという考えに余韻が残った。

投稿者: 吉井 日時: 09:35 | パーマリンク
第129回 「存続の臨界点」
2008年09月01日
世界の祭典「北京オリンピック」が、8月24日閉幕し、北京五輪「巨大特需」は終焉を向かえた。消費市場と化した中国で育った企業が、一旦動きを止めると窮地に追い込まれるのではと危惧されている。
企業活動は、存続するために泳ぎ続けなければならないマグロのように思える。
恵まれた餌場で育った魚は、ただ闇雲に泳いでいるだけでは、やがて立ち行かなくなってしまう。遠くの餌を見つけそこまでいく能力がなければ、きびしい生存競争の中で生き残れない。
人が率いる企業経営の世界でも、パラダイムの今、方向を定め、ビジネスのメカニズムを、徹底して追求できる企業だけが生き残る。
過日、銀座の女将から、次のような話を聞いた。
「最近、よく来てくれていた社長さんの会社が、つぶれてしまってね。これまで、多くの経営者の方々を見てきたけど、会社をつぶさない経営者は、一言でいうと、人が1努力するところを、倍努力している。でもね、なかなか人の倍の努力をできる人は実際には少ないのよ。倍努力することが大切だといわれて、頭ではそうだと理解していても、いざ倍の努力が必要な場面に出逢っても、ここまで頑張ったのだからもういいやとかいって、会社を駄目にしてしまう。きっと、頭のどこかで、結果はたいして変わらない、と思い込んでいるのよ。
私たちは、先代から人の倍も3倍も努力しなければ生きていけないと教わった。倍の努力の結果は、断じて2倍なんかでなくてね、5倍の結果になるのよ!
馬鹿よね~。みんなこれを知らないから、1の努力でやめてしまう。そして、会社を駄目にしてしまう。もったいないよね。いくら努力して頑張っても、うまくいかないなんて云っている人は、うまくいく境界線にいく前にやめてしまっているのよ!」との話を聞いた。
結果の格差は、能力が違うわけではなく、努力を1でやめたか、やめずに2倍努力したかの違いにしかないと・・。
ビジネスの勝ち組と負け組の前には、ともすれば越えられない差があるように思いがちだ。
しかし、実際は愚直に徹底した努力をしたかどうかが、存続の臨界点を超えるか超えないかの差なのだ。

投稿者: 吉井 日時: 17:32 | パーマリンク
第128回 「経営者と事業の寿命」
2008年08月01日
今から5年程前「起業家の栄枯盛衰、今や2年サイクル」と、コラムを書いた際、多くの反響があった。
最近、新興ベンチャー企業の上場が激減し(8月現時点で25社)、上場ベンチャー企業の時価総額数億の企業が続出している。つい数年前には時代の寵児ともてはやされたベンチャーの多くが、2~3年足らずで一転して転落し、立ち往生しているケースが後を絶たない。
企業の栄枯盛衰の周期には、サイクル段階があるといわれる。特に、ここ数年ベンチャー企業の事業サイクルは、著しく速くなってきている。日本も世界の企業も、2周期ごとの栄枯盛衰サイクルが、当たり前のような展開になっている。
その要因の多くは、経営者や役員を始めとする内部からの人的要素や、環境に適応できない体質によって、牙城が崩壊してくることが多い。
経営者には、様々なタイプが存在する。事業を創造し軌道に乗せていく起業家タイプ、事業を育て中興の祖といわれる経営者タイプ、そして、再生を得意とするターンアラウンド経営者である。
経営者には旬があり、事業のサイクルに影響を及ぼす。ゴーイングコンサーンしてゆくには、起業した経営者が取るべき合理的選択は二つしかない。
一つは、旬の終わる前に、次を担ってもらうリーダーに会社をバトンタッチすることだ。
米国では、こうしたバトンタッチ事業承継によって、企業を存続発展させていく文化ができている。
例えば、世界のファーストフードを代表するマクドナルドは、創業期マクドナルド兄弟が創り上げたモデルを、レイクロックが買収し、世界カンパニーとして育て上げた。
マクドナルド兄弟は、商品にプロダクトサイクルがあるように、会社にも乳児期、青年期といったライフサイクルがあり、創業経営者がすべての成長段階を担うのは難しいということを知り、自分達のゴールを設定していたのである。
一方、すべての経営者が、マクドナルド兄弟の様に“華麗な幕引き”が、図れるわけではない。
特に創業者は、個人保証して借金を抱えていたり、適切な後継者がいないなどの理由で、旬が終わろうが終わるまいが、当面、経営者を続けねばならないということが多い。こうした経営者はどうすればいいのだろうか。
それは、経営者としての「旬を伸ばす」ことであり、次世代の経営者を育成するか、外から迎えるかにある。
経営環境が激変を続ける今の時代、旬を維持していくには、強固な経営チームを創り、創業時のDNAを守り、PLAN、DO、SEE、を愚直に繰り返し、事業をイノベーションしていくことであり、事業戦略を具現化してゆく人と組織が、顧客との接点にエネルギーを集中していくことにある。

投稿者: 吉井 日時: 09:43 | パーマリンク
第127回 「起業家の育つ会社」
2008年07月01日
書籍を出版してから「企業内起業家は、どうすれば育つのか?」との相談を、多くの企業の皆さんからよく受けるようになった。
よく突出した起業家が、組織で一人誕生すると、次々と起業家が登場し、企業内での起業の勃興が起こり、母体企業をイノベーションしてゆくことがある。
以前IBMの出身者が、多くのベンチャー企業を創出した時代があり、最近ではリクルートが起業家を輩出する代表的な企業と言われている。
起業家が育つ組織に共通して云えるのは、独自の風土や仕組みが存在することである。リクルートでは、「RING」(リクルートイノベーショングループの略)と称した社内起業提案が、年間300件を超え、審査を経て実際の提案者が起業チームを創り新規事業を立ち上げ、今日では、多くの事業や関連会社が育っている。
最近では、インキュベーション手段が進化し、個々の役員の求めるテーマをメンバーに広報し、そこに向けて共感したテーマを持ったメンバー達が、新規事業提案を行っている。経営とメンバーが一体となって新規事業を創造してゆく仕組みと起業風土が、創業来、醸成されている。リクルートでは、イノベーション戦略として、次世代の起業経営者と事業を育てている。
多くの企業の経営者から、「起業家は、企業内でなかなか育たない」との話を聞く。
しかし、育たないのではなく、そういった人材を採用しようと試みていなく、育てようとする風土や、仕組みを本気で創っていないと思う。
一方、突出した起業家が育つ会社には、起業家を育てようとする風土や支援組織、そして、一旦起業家人材を外に出す「出島」インキュベーションメカニズムが、存在している。
起業家が誕生する企業の特効薬はないが、共通していえることは、一人の起業家を、全社を上げて支援する風土と体制創りが、企業内起業家を創生し「類が友を呼ぶ」ことによって、企業の成長エンジンを得ることに繋がっていることである。
企業のゴーイングコンサーンは、企業内に、どれだけの次世代を担う起業家を創生させることができるかにかかっている。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第126回 「近江商人」
2008年06月01日
ゴールデンウィークに、近江商人の発祥の地といわれる滋賀の五個荘と豊郷を訊ねた。今でも、街全体に旧商家が散在し、街並みには風情ある白壁と船板塀の蔵屋敷が残っていた。
この地は、てんびん棒をかつぎ全国に飛び出て、豪商へと成長拡大した代表的な起業家として、伊藤忠商事、丸紅の創業者伊藤忠兵衛や中国に一大百貨店を築いた中江勝治郎などを始め、高島屋、大丸、西川産業、トーメン、ヤンマー、東レといった多くの商人(起業家)を生んだ地である。
琵琶湖のほとりの小さな町から、これだけ多くの起業家が誕生し、拡大した背景には、「諸国産物廻し」といって各地域の産物を仕入れ、よく売れる地域で販売するビジネスモデルと、独自の資本管理と流通システムの確立があった。
そして、何よりも近江商人の理念として、次のような考え方が、今でも語られている。
1.「三方よし」(さんぽうよし)
…「売手によし、買手によし、世間によし」、売り手と買手だけでなく、出先地域での経済的貢献をすること。
2.「しまつして、きばる」
…遠い地域間の価格差を利用し、商売相手の利益を優先して考える薄利で、利益を上げるためには、他人の嫌がる労を進んで「きばり」、長期的にみて経済の合理性を求め「しまつ」をすること。(ケチと誤解されやすいが、「しまつ」の極意)
3.「奢者必不久」
…生活は質素に、手織木綿の衣服を着、常にわらじをはき、粗食で粗末な家に住み、陰徳を積むことを喜びとすること。
4.「好富施其徳」
…商売が繁盛して富を得るのは良いが、その財産に見合った徳、すなわち社会貢献をすることが重要であり、商いが大きくなると共に商人も大きな徳を持った人間へ成長しなければならない。
目前の利益を求めるだけでなく、遠くを見据える近江商人(起業家)の理念、そして、ビジネスのモデルは、今日の激変する経済環境でゴーイングコンサーンを目指す企業に、示唆を与えている。

投稿者: 吉井 日時: 09:16 | パーマリンク
第125回 「Stay hungry Stay foolish」
2008年05月01日
「Stay hungry Stay foolish ハングリーになれ、馬鹿になれ」
2005年6月12日、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で、学生達に語ったという言葉だ。
世界を代表する企業アップルを立ち上げた起業家の語った言葉は、強烈なメッセージを持って全世界で多くの人々の心を揺さぶっている。
スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学で語った15分のスピーチを、皆さんに、紹介させて頂きたい。
http://jimaku.in/w/D1R-jKKp3NA/nbZXF_WFQDq
私達の今ここは、Connecting dots(点と点の繋がり)の中に存在している。そして、人と企業の新たな出逢いによって、一人でも多くの人と一社でも多くの企業がインキュベートする機会を提供し、雇用を創造してゆきたいとの初心を、改めて確認する思いがした。

投稿者: 吉井 日時: 09:19 | パーマリンク
第124回 「メディアの対応」
2008年04月01日
最近、食品の不当表示を始め企業の「偽装」による不祥事が後をたたない。
そして、マスメディアのキャンペーンを張ったような異常なバッシング報道によって、中小企業が廃業や倒産に追い込まれている。
悪事を是正させれば済むものを倒産にまで追い込まないと気がすまないメディアのバッシング展開は、異常に思えることがある。
悪事を行った経営者は、当然厳しく非難されるべきで擁護する気はまったくないが、そこで働いていた社員や取引先の人たちが職を失うことは、社会の連鎖に様々な影響を与えることになる。
人が職場を失うことは、消費が落ちると同時に、多くの人に不安を与え、社会の活力がダウンする。
悪を是正すべき報道メディアであるべきにもかかわらず、表層的な正義を盾に廃業まで追い込まないと気がすまない風潮が、日本の国力の低下に繋がらないことを祈りたい。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第123回 「転職行動」
2008年03月01日
今から28年前、私がリクルートに転職した際に、親族から随分心配された。
当時、転職という行動は市民権を得てなく、大手企業の多くは中途採用には、門戸を開いていなかった。
転職することは「落ちこぼれ」と見る風潮があり、転職情報誌を買うことは恥ずかしく、電車で見ていると白い目で見られた時代だ。
それが今では、テレビやインターネットを初め、電車内そして街で求人関連の広告を目にする。転職することが、ごく普通の行為として認識されるようになった。
ここ数年、特に若年層においては転職行動が一般化し、転職を繰り返している人が増えている。
こういった転職行動が、「本人にとって、幸せな人生を送れるのだろうか?また、社会の不安定化につながり、格差を拡大させるのでは」と、不安を感じる。
転職する際には、目先の条件だけの選択ではなく、自らをしっかり見つめ、自分ドメインを設定し、WILLを持って「MADE IN 自分」を創り上げてゆくスタンスで臨んで欲しいものだ。
そして、転職行動が、産業間や企業間の知識や経験を活かす適切な人材移動を実現し、企業のグローバルな競争力を高め、個人のキャリアアップ、そして、自己実現の選択の幅を広げる転職で、人生を輝かせて欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:41 | パーマリンク
第122回 「ロンドンで」
2008年02月01日
2008年の年明けを、世界の四大都市ロンドンで迎えた。久しぶりに訪ねた冬のロンドンは、曇天で夕方4時頃にはすでに暗く、街行く人々の吐息は白く寒かった。
ロンドンの街並みは、テムズ川沿いに広がる石畳の道路や、石外壁で造られた中世の建物が、今でも数多く残っていた。
以前から、一度訪ねたいと思っていたトラファルガー広場にあるナショナル・ギャラリーに、黒いロンドンタクシーで出かけた。中世の宮殿のような美術館に、ゴッホ、モネ、レオナルド・ダ・ヴィンチを始め、イタリア・ルネサンス、オランダ絵画などを中心とした質の高い作品がコレクションされ素晴らしいミュージアムであった。(ちなみに、ロンドンの美術館は、無料で開放されている。)
また、ユニクロが2001年に初の海外進出をした、ロンドンの繁華街のピカデリーサーカスの店を訪ねてみた。プライスは、日本ほど安くはなかったが、現地の競合店GAPの半値位で、多くの商品が整然と並んでいた。立派な店造りだったが、客の入りはまばらな状況であった。現地の人にユニクロの評価を尋ねると、「ユニクロの商品は、品質も縫製も良いし、プライスも値ごろだけど、イギリス人の多くは、服は着られればいいと思っています。車は動けばいいし、日本人のようにショッピングがエンターテイメントだとは誰も思っていません。家も中古を大切に使い回し、若い人達は5~6人でシェアハウスして、引越しする際、ベッドやデスク、食器棚などは置いてくるか、リサイクル品としてバザーで売って、お金をかけない生活を心がけています。」と、教えてくれた。
確かに、先人達の造った市場は、今でも古着や家具を始め生活用品のバザーの会場として利用され、賑わっていた。
使える物は大切に永く使い、余計なものを削ぎ落とし、無駄なお金を使わない合理的な生活スタイルによって、人生を豊かに生きるイギリスの人々の哲学が、重厚な歴史を感じる街並みを残したと思えた。
また、ロンドン市内を移動する際、映画ハリーポッターのロケ現場に使われたKing's Cross駅から、「チューブ」と云われる地下鉄に乗ってショックを受けた。初乗り4ポンド(今年の一月、一ポンド約243円)で、なんと972円もした。シンプルなランチをカフェで食べたら、37ポンド、一人8千991円、4人で3万5,900円の支払いだった。通常のスタンダードなホテルで200ポンド、5万円近い金額になる。そして、インターネット接続代1日あたり15ポンド(3,645円)だった。
最近、日本のGDPを始め、多くの国際指標ランキングが下がり、国際競争力が弱まり、円の通貨価値が下がっていることは理解していたが、改めて弱くなっていることを体感した。
通貨は、国の経済、政治、文化の力の尺度といわれている。海外から見た今の日本の国力に、未来への危機感とこれからの日本のグランドデザインを考えさせられた。
今の日本の状態は、貿易や投資などを始めグローバル化の恩恵を受けている。また、個人金融資産1500兆有している資源の活かしどころがあるはずだ。
これからは、国と企業が一体となり、トヨタやキャノンといった一部の大手企業だけでなく、任天堂のような国際競争力を持つ企業を一社でも多くインキュベートし、87年にNo.1と云われたGDPの復活だけでなく、精神を高め心豊かに生活していけるMADE・IN・JAPANが求められている。

投稿者: 吉井 日時: 09:32 | パーマリンク
第121回 「知識社会での企業の姿」
2008年01月01日
新たな年を迎え、皆さんいかがお過しですか?
昨年は、政治も経済も自然界も潮目が変わり、国や地域、そして、企業、個人間において、格差社会へのスピードが速まる一年であった。
ビジネス界においては、あらゆる業界で新旧交代の企業再編に拍車がかかり、知恵を絞り汗をかきイノベーションしている企業群が、知識産業社会の主役となってきた。
今から10年前、1997年5月1日、インターネット上で、わずか13店のテナントで、楽天市場がオープンした。そして、現在、楽天市場の出店数は2万店を超え、楽天グループの流通総額が、一兆円に到達した。わずか10年で、小さな名もないベンチャー企業が、野球球団を持つまでの巨大なグループになると、誰が予測しただろうか?
インターネット上のショッピングモールというアイディアは、楽天が生まれる前から、すでにNTT,NEC、三井物産などを始めとする大手企業が、精鋭を集めてすでにスタートしていた。後塵で、しかも、小さなベンチャー企業の楽天が、何故、急成長を遂げたのだろうか。
私には、未来の姿を信じたアントレプレナーと、その仲間達が、一人ひとりの顧客のニーズに対し、テナントの店主と共に、愚直に一人ひとりのお客様の要望に応え続けた知恵と汗を流す一丸となった集団を創り上げた結果だと思う。
一方、日本企業を代表するトヨタ自動車においても、現場のメンバー達が知恵と汗を集約した独自の生産方式で、新たなコンセプトカーを創り出した。高性能で壊れにくい低燃費車プリウスは、世界の消費者から絶賛され、トヨタは、世界でトップカンパニーとして圧倒的な支持を受けている。
トヨタの企業価値の源泉は、規模やこれまでの労働集約生産ではない、知恵と汗を流した人々の総合力にある。
これからの企業の未来の姿は、価値の本質を理解した知識人集団企業が、イノベーションを興してゆく。トヨタの様な業界での圧倒的シェアNO.1企業か、楽天のように唯一無二の企業によって構成されてゆくだろう。
昨年6月、これからの「企業の成長エンジンは、企業内起業家による、人と企業をイノベーションしてゆくことにある。」との拙書を出版した。多くの皆さんから、反響をいただき、書籍を通じた人との出逢いによって、様々な発見があった。
これまでの、型紙戦略シナリオの通じないデジタルジャングル社会で、人と企業が生き残り、成長していくには、楽天の三木谷さんのような起業家人材を、企業組織の中で活かしていくことにある。プリウスを生んだトヨタは、企業内チャレンジャーを活かす風土や仕組みを有しているから、イノベーションし続ける世界企業になった。
デジタルネット大陸の出現によって、展開されている今の企業の姿は、まだプロローグに過ぎないのかも知れない。
今後、知識労働によってイノベーションした人や企業が、国や企業の枠組を変え、人々のライフスタイルをも変え、これからの10年間、私達は例のない空前の変革期に生きることになる。 未来の人と企業の姿は、確実に変わろうとしている。
いよいよ未曾有のチャンスの機会の窓が、大きく開き始めた。
皆さんのこの一年が、健康で輝きに満ちた一年でありますよう。

投稿者: 吉井 日時: 09:27 | パーマリンク
第120回 「マイルストーン」
2007年12月01日
過日、50代半ばの目の輝く企業の役員から、毎年、年初にライフデザインをイメージして、いつまでに、何をしたいのか、目標を達成する為のマイルストーンを決めているとの話を伺った。
人を意識せず、ありのままの自分と向き合い素直な思いを書きとめ、進歩状況をチェックしながら日々を送っているという。
社会人10年目の頃、「転職すべきか、起業すべきか、今の会社で留まるべきか」悩んだ際、
「自分は、これからどう生きたいのか?自分の夢は何なのか?転職して、何を手にして、どうなりたいのか?起業は、何の目的で、どんな世界を創りたいのか?今の会社で何を成し遂げたいのか?どんなポジションにいたいのか?経営陣には、どうすればなれるのか?」いろいろ考えた。 しかし、なかなか答えを出し切れずにいたとのこと。
そんな折、アメリカ出張の際、キャリアアンカー概念に出遭い、自らのキャリアの不動点を確認し、理念に共感したトップが経営する企業に転職したとのことであった。
そして、転職して一年経った頃、仕事に真剣に取り組んではいたが空回りし、なかなか経営陣に評価されていないと思い、再度転職を考えた。
再度、真剣に、自らのゴールをイメージし、自分の本当の夢は、何なのか?どの位の財産が欲しいのか?人との比較でない本来の自分が、本当に手にしたいものは、何なのか考え、紙に、自分の願望を素直に描き、1年・3年・5年刻みで目標を書いたとのこと。
何枚か書いていくと、外に答えがあるのではなく、自分の中にあると気付いた。そして、思ったことはとにかく実行してみようと試み23年経った。今、その頃書いた夢は、大半実現していると、静かな笑顔で語ってくれた。
以前、よくリクルートの創業者の江副さんが、「念ずれば通ず」という言葉を語っていた。心に願うだけでなく、紙に自分の言葉を念じながら「夢」を書き、自分はどうありたいかイメージして、その紙を眺めているとパワーが出てくることがある。
そこには、理屈をこえた「何か」がある。
念ずる気持ちが強くなればなるほど、一歩ずつ実現に近づくものだ。
日々を漫然と過ごすことなく、願望を真剣に自分の字で描くと、たとえ、実現できなくても、自分の人生を大切に生きることになる。
新たな年を迎えるに当り、人を意識しない素直で自分らしい夢を書いてみたらいかがだろうか。

投稿者: 吉井 日時: 09:06 | パーマリンク
第119回 「いま ここ」
2007年11月01日
「464,280」この数字は、これまで私が生きてきた時間だ。
人生は、いま、ここ、この瞬間、目の前で起きていることの連続である。
いま、目の前に素晴らしいシーンや、チャンスがある。しかし、先々への願望に意識が行き過ぎていると、今を見失い、意識がここにない人生の連続になってしまう。
以前、新潟の佐渡を訪ねた際、目の前にこれまで見たことがないほどの美しい夕日が展開されていた。あまりにも美しい夕日が創り出す景観に心奪われ、太陽が沈むまで眺めていたことがある。以来、すっかり佐渡に魅せられ、夏によく訪ねるようになった。
一方、東南アジアの島に行った際、夕日の景観は、世界でも有数のスポットであると聞いていたので、あらかじめ夕日ツアーに行く予定を入れていた。しかし、その予定に気をとられ、ツアーの前日、目の前で素晴らしい壮大な夕日が展開されていたが、当日は雨が降り夕日を堪能できなかったことが、悔まれる思い出となっている。
ビジネス世界で、一つの頂点を極めた人達は、その場で即断即決し、行動する人たちが多い。
以前、日本マクドナルドの創業者の藤田さんに、賑わっているうどん店の話をした際、「これから、そこに連れてってくれ」と、ベンツに乗ってうどんを食べに行き、その後、その企業に面談をしたことがあった。
特に、大手企業のトップになればなるほど「いま、ここ」決断し、結論を延ばすことをしない。経営は、瞬間のいま、ここの決断と実行の連続なのである。
自分が望んでいる人生の価値や目標を、ふだんからはっきりしておかないと、目の前にチャンスが来ても決断できなく、その機会を逃してしまう。
その場に意識を集中し、「いま、ここ」の決断が、今を生かす連続となり、輝く人生を切り開いて行く。

投稿者: 吉井 日時: 09:00 | パーマリンク
第118回 「本当のプロフェッショナル」
2007年10月01日
「プロフェッショナル」という言葉が、いたるところで使われている。最近、どうも核心から離れている様に感じる。
企業間において、その道の経験や知識豊富な、何でも知っている「スペシャリストな人」を、「プロ」と呼んでいることがある。しかし、スペシャリストとプロフェッショナルは、似て非なるポジションだ。スペシャリストとは、与えられた環境には適応でき、定められたやり方であれば仕事を完璧にこなす人をいう。
過日、セミナーで出逢った浅草のそば屋の4代目になる女将から話を聞いた。
「3代のれんを守れば本物といわれるじゃない。のれんを守るには、時代に対する適応力がないようじゃ、商売なんか絶対に続かないのよ!うちは、もともとお菓子屋だったのよ。真面目に頑張ってやってますじゃ、駄目になっちゃうのよ。いつも、アンテナ高く張って、情報キャッチして、のれんをイノベーションしてなきゃいけないわけよ!」と、信念を貫いて生きている女将の力強い素の日常会話に、余韻が残った。
常に浅草でのそば屋の位置づけを認識しながら、一人ひとりのお客様に質の高いサービスを提供し続け、店を変革している下町の女将の姿に、プロフェッショナルを見る思いがした。
私はこれまで、ジェネラリストでも、資格を持ったアマチュアでもなく、スペシャリストでもない、多くのプロフェッショナルを感じる人たちと共に仕事をし、彼等の仕事への考え方やスタンスに触れてきた。面白いことに、彼らが語る言葉に共通項があることに気がついた。それは、会話で使うボキャブラリーが、通常の人達と違うということだ。彼等が、一日に話すことをすべて書き留めたら、通常の会社で働いているメンバーとは、まったく違う内容になるはずだ。彼等の話す言葉には、特有のリズムがあり、人を励まし、相手の可能性を広げ、思いやりや感謝の言葉がいっぱい詰まっている。否定的なことや、人の悪口や、ネガティブなことを口にすることはなく、希望的な豊かな未来に向けての内容の会話が多い。そして、何よりも、「顧客との約束を守る」ことに関し、どんなことをしても問題解決するといった内容の話をよくする。
プロフェッショナルな人達は、たとえ環境が変わっても、変化の本質を読み取り、状況を見極めながら、顧客との約束を守り、対価を得て、人や組織を正しい方向へインテグレート(合成する)し、筋を通すビジネス・プロフェッショナルの要件を持っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:18 | パーマリンク
第117回 「卒業」
2007年09月01日
最近、転職相談にみえる方々が、「卒業」という言葉をよく口にする。
卒業とは、何かを達成し、未来の新たなステージに希望を持って、決断し通過する「節目」を表す言葉である。
ビジネスマンにとって、卒業のネクストステージは、転職や独立だけでなく、社内の異動や昇進も含まれる。しかし時々、人によっては達成感を持たずに、新天地を求め、体裁で使っている人が、いるように感じることがある。
こういった卒業していないと思える人達は、行き先が何処なのか解からない船に乗って、これまで大海で不安を感じることなく過ごし、嵐に遭遇したり、自分の居場所がなくなった時、なりゆきで表層的な条件で新たなステージを求めているように見える。
一方、卒業した人達は、これまでの役割の頂点に到達し、自己実現の方向に、自らの意志でハンドルを握り、人生をコントロールしているように見える。
こういった人達は、他人との表面に写る物理的な比較対照で、キャリア選択するのではなく、時代を見つめ、「自分を知り、自分のできること、なりたい自分、手にしたいもの」を視点に、自らの目標に向かって意思決定している。
キャリアを創ることは、そう簡単に誰にでも思うようにならないかもしれない。
しかし、今いる環境の利害関係のある人でなく、信頼できるキャリアデザインのプロの視点を持った人に「自分がどんな姿で、その人に映るのか?」素直に、これまでの歩みや、自らの内面を話し、聴いてみることを薦めたい。
自分の姿は、自分で見ることができないものである。
例えば、「空を飛びたい!」と願っていたら、自分は鳥でなければならない。そして、自分が魚であれば、海を求めればいい。
「天高くして、鳥飛んで、鳥の如し、
水深くして、魚泳いで、魚の如し」・・なのである。
自分がどんな姿なのか、一度、当社のキャリアアンカーセミナーで、身近な人でないキャリアカウンセラーやコンサルタントの中に写る、自分の姿を映して視てください!
きっと、素の自分の人間像が、視えてくると思う。
卒業するには、自分が何者なのかを知り、先々どうあることが自分らしく生きられるのかをイメージし、その為のゴールを定め、目標を達成してゆくことが肝要である。

投稿者: 吉井 日時: 09:19 | パーマリンク
第116回 「掃除」
2007年08月01日
当社では毎月一日の朝、メンバー全員でフロアーの掃除をしている。「インキュベーションコンサルタント会社が、全員で掃除?」と驚かれる方が多いかも知れないが、創業以来12年間、一度も休むことなく継続していている。
掃除を始めたきっかけは、創業時、「掃除を外注する予算がもったいないので、自分たちでやろう」とのことによる。しかし、いざ始めてみると、経費削減だけではなく、思いがけない効果を実感し、今日まで継続し当社の習慣となった。
掃除をすると、汚れた箇所が綺麗になっていく様を見てとても気分が良くなり、内面の気持がすっきりと整理される。そういった青空気分で仕事に向かうと、言葉に澱みがなくなり、人の心に爽やかなメッセージが届き自然と能率も上がる。
また、自分達で掃除する自覚が、「せっかく整理し掃除したので汚したくない」と、日頃からオフィスを綺麗に利用するようにもなってくる。
最近では、同じフロアーで起業に向き合っている出島のメンバーも、いつの間にか掃除に参加してくれるようになった。普段、なかなか話す機会がないメンバー同士が、共に汗を流しながら作業していると、自然と会話が生まれ、仲間意識が芽生える。フロアー全体に組織を超えた一体感が生まれ、独自の風が流れている。
一方、掃除をすると、色々な「気づき」をメンバーに与えてくれる。掃除することによって、何処に何があるのかを体で確認し、今まで見落としていた事や情報を発見したり、その重要性を再確認することに繋がる。日々の仕事で忙殺されている時には解からなくても、「掃除」を通じて一歩離れた視点から自分の机や周りを見ることで、様々な「気づき」を得ることができる。そして、目前の景観が綺麗になると、頭の中もオールクリアボタンが押され、そこからいろんなアイデアが生まれてくる。
自分のデスクや、会議室などを整理整頓し、掃除する。ごく基本的なことだが、仕事に追われていると「掃除をしている時間なんて無い!」と思うかもしれない。
だが、月一回、掃除に時間を費やしてみて欲しい! 極めて大きな効能があると、気付いていただけると思う。
きっと、皆んなの心に変化が生まれ、より効率よく仕事が回り、フロアーに一体感の風が流れ、ひいては業績の好調に繋がるだろう。

投稿者: 吉井 日時: 09:48 | パーマリンク
第115回 「MONET」
2007年07月01日
過日、話題になっている六本木新国立美術館に出かけた。クロード・モネの作品が、世界から一堂に集まっており、昨年も倉敷の大原美術館で出遭った「摘みわら」を始め、「睡蓮」「日傘の女性」「雪の朝」「サン・ラザール」「ポプラ並木」「ルーアン大聖堂」といった、生涯の代表的な名作が揃い、モネ好きな私には、濃厚な時空を過ごすことができた。モネの絵は人の心を、穏やかな気持ちにさせてくれる。モネは、「光の画家」といわれている。時間や季節と共に移りゆく光と色彩の変化と、一瞬の水・空気・煙・霧を描く画家は、他に見当たらない。独自の唯一無二の画家である。
今、私達は、情報テクノロジーの社会の中で生きている。すべてがスピードアップし、しかもグローバル化、IT化が正しいといった価値観が、脅迫観念のように浸透している。美術館で観る絵は、長い時間をかけて、描いた作品ばかりである。一枚一枚の絵には、時計では計ることのできない作者の時間(思索)があり、完成してからは、多くの人々に見つめられて時間(歴史)が、重なってくる。そのせいか、見終えた後は、密度の濃い時空を旅したような、得した気分で、いささかの疲労感にも、心地よさを感じる。
先月、書籍を出版させていただいた。自らの内面にある想いを、200ページの中に打ち込み言語を通じて表現してゆくことは、その言葉に様々な思索を巡らすことになる。これまで歩んできた経験から気づいた価値感の表現であり、自己の人生観との対面でもあり、社会との呼吸を感じる時間でもあった。
自己の表現は、企業経営においては、構想や決断の基準に現れてくる。時空を超えても、色あせないアートなビジネスモデルの表現が、人の心に届き輝きつづけるのだと思える。

投稿者: 吉井 日時: 09:16 | パーマリンク
第114回 「黒田清隆」
2007年06月01日
ゴールデンウィークに、五稜郭のある函館を訊ねた。函館の地は、まだ肌寒く桜も蕾のままで、日本列島で唯一、稲作文化が根付かなかった極東の地を感じた。
五稜郭は星型の平城で、箱館戦争(1869)で旧幕府の榎本武揚と新撰組最後のサムライ土方歳三が、独立王国を夢見て、新政府軍を指揮する黒田清隆との戦いに敗れ、幕末の終焉を迎えた舞台である。
この戦いを制した黒田清隆は、激動の維新の時代を生きぬき、第二次内閣総理大臣まで上り詰め、旧五千円札にまでなった人物だ。
興味を覚えその足跡を追ってみた。
黒田清隆は1840年、薩摩の下級武士の下で生まれ、薩摩藩藩士として育った。黒田清隆を有名にしたのは、西郷隆盛と桂小五郎の薩長同盟を実現させたことによる。その後、幕臣幹部の中心の人物として、幕末の最後まで戦線の現場に立ち続けた人である。
箱館戦争を制した黒田清隆は、その後北海道長官に就任した。黒田清隆は、北海道の経営にあたり、「開拓基本構想を描くには、開拓の国アメリカを参考にすべき」と考え、自ら渡米し、アメリカ政府の現役農務長官・ホーレス・ケプロン氏を北海道の事業構想策定のリーダーとして、ヘッドハンティングした。そして、このケプロン氏に、北海道の基本構想を委ねたのである。その後、このケプロン計画に基づき基盤整備事業をスタートさせたが、たちまち支出超過を招き、破綻してしまった。何故こんなにもろく、ケプロン計画が破綻したのか?その疑問を解決すべく、札幌北海道大学の北海道資料館を訪ねた。
黒田清隆が招いた、ホーレス・ケプロン氏のキャリアを調べてみると、シナリオを描く人でなく、決断して組織を運営する企業家タイプの人間像が見えて来た。
ケプロン氏によって、北海道開拓の青写真を描く為に投じた資金と彼自身の年棒は、途方もない金額であり、北海道を最大級に賛美した壮大な内容のケプロン計画を実行するには、当時の明治新政府の財力では、とても実行できる内容ではなかった。
「移民による農業で繁栄を極めたアメリカに学べば、きっとうまくいくだろう」と考えた黒田清隆の考えは、間違っていなかったと思えるが、北海道の未来のシナリオを託す人材としては、結果的にケプロン氏は人選ミスであったと思える。
今日の、夕張市を始めとし、北海道の経済は厳しい状況が続いている。そのルーツは、北海道開拓のスタート時、創業のDNAを創造できなったところにあるのかも知れない。
新たな事業を始める時、三種類の人材が集わなければ、うまくいかないケースが多い。
その構成は、Value Creator ビジネスモデルを考える人、Excellent Player オペレーションの達人 Excellent Managerビジネスをトータルに管理する人である。こういった経営人材チームが、理想のベクトルに向かって団結すれば、想いが形になって行く。
Excellent Player黒田清隆が、Excellent Managerのホーレス・ケプロンを迎えても、ケミストリーが起きなかったのは、自然の流れだったように思えてくる。
もし百年前、本来の北海道の土地の力を生かし、文化を継承させるビジョンを示すアントレプレナーが、前段のような経営人材チームを創っていたなら、北海道はデンマークを越える「世界の北海道」として輝いていたかもしれない。

投稿者: 吉井 日時: 09:36 | パーマリンク
第113回 「企業内起業家」
2007年05月01日
不況期、「日本型経営は通じなくなった」とソニーを始め、欧米型経営を目指した多くの企業が苦戦している。一方、トヨタ・キャノン・ホンダといった日本型経営を貫いた企業は、史上最高益を更新している。私は、この強さの源泉は、企業内に起業家を長期的に育てたことにあると確信している。
来月、この「企業内起業家」をテーマにした書籍を発行することになった。
「限りある人生の時間で、できるだけ納得のいく価値のある仕事をしたい。商事の社員としてやった方が、スケール感をもってできるからね!」とは、十三年前、現ローソン社長の新浪さんが私に語った言葉である。新浪さんは、三菱商事で給食会社ベンチャーを興した、企業内起業家である。
この書では、新浪さんのような企業内起業家が、次世代の経営をイノベーションに導く有力な存在であり、組織で働く個人にとっても、企業内起業というアプローチは、第三のキャリアパスであることを書いた。
企業が新規事業を立ち上げる際、いろいろな方式がある。社内にプロジェクトチームを作り、事業部として育てる。或いは、母体企業から切り離して子会社化することもある。こうした従来型の新規事業開発は、母体企業の傘の下で行われる。よって当然、最終的な経営判断や人事制度なども、母体企業の影響を色濃く受けることになる。これでは、自立した起業にならない。私が提唱する企業内起業とは、そうした従来の新規事業開発や安易な社内ベンチャーでなく、企業内起業家が企業の経営資源を活用しての創業や、カーブアウト、ジョイントベンチャー企業としての起業である。
企業の経営資源を使いながら、自立した企業として成功する為には、いくつもの難問題をクリアしなければならない。企業内起業には「企業内」ゆえのたくさんの壁が立ちはだかり、ベンチャー企業を立ち上げるより、難易度が高いとも言える。それでも、個人の起業は、仲間がいても、時間・人脈・資源・金・情報と全てにおいて限られた条件の中で闘っていかなければならないことに比べ、はるかに有利なスタートが切れる。
以前ほど大企業にいる利点は少なくなってきたといえども、これまで築いてきたブランドや信頼感や市場影響力は大きい。現存の企業は、有形無形の経営資源を持っている。
「企業内起業」によって自己実現を目指す道があることも知ってほしい。そして、第三のキャリアパスとして、企業内起業が大きくクローズアップされることを願っている。
明治維新の頃、渋沢栄一のような企業家を支援するインキュベーターの存在と、岩崎弥太郎をはじめとする多くの「起業家精神」旺盛なベンチャー企業の勃興があった。この起業家達の誕生が社会を繁栄させた。この本を読んだビジネスマンや経営者たちが、積極的に企業内起業に取り組み、人が輝く企業が一社でも多く創生され、企業内起業家が一人でも多く輩出されることを願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:22 | パーマリンク
第112回 「語り継がれる言葉と経営」
2007年04月01日
かつて、「企業の寿命は30年説」といわれていた。最近では、激変する環境変化により、企業事業生命は10年を切ったといわれている。脚光を浴びた企業や社長が、急に姿を見せなくなるケースが後を絶たない。
一方、100余年にわたり脈々と発展している企業が存在している。こうした企業に共通して言えることは、「先人から引き継がれる経営哲学・精神・DNAを表す共通言語」を持って、これを継承していることにある。
激変する環境を潜り抜け、「伊右衛門」や「プレミアム・モルツ」をはじめ、常に新たな商品をヒットさせ続けているサントリー社では、いつの時代にも通用するチャレンジスピリッツ(DNA)が、「やってみなはれ」という言葉となって語り継がれている。
我が家の冷蔵庫の中は、サントリーダイエットビール、黒ウーロン茶、ハーゲンダッツのアイスクリーム、サプリメント、ミネラルウォーターといった商品群が陣取っている。
過日、親しくお付き合いしている同社の経営幹部の方々と、食事をしながら大ヒット商品「伊右衛門」を開発したマネージャーの方の話を伺った。「伊右衛門」の商品開発には、5年に渡り様々な失敗があって、この商品が生まれたとのことであった。
「これだけ永い年月、時間を費やし、しかも、多くの失敗と多大な損失を繰り返した人に、よくチャレンジする機会を与え続けましたね?」と質問をすると、サントリーには「やらぬ罪」という考え方があって、何もやらないよりやって失敗する人を評価するカルチャーが創業期からあるのだと教えてくれた。
サントリーは、1899年(明治32年)鳥井信治郎氏によって創業され、彼は「やってみなはれ、やってみなわかりまへんで」と、理屈を言う前に体を動かせと、社員一人ひとりに口癖のように、語っていたという。
単品で一千億の売上を超えるスーパー商品「伊右衛門」は、京都の老舗の福寿園とのコラボレーションと、斬新な竹筒デザインがなかったら、これだけ大ヒットしなかったのかも知れない。こういった柔軟な発想にチャレンジする「やってみなはれ」スピリッツと、それを受け入れる土壌があったから、「伊右衛門」が創生されたと思える。
「減点主義」のはびこる大企業が多い中、歴史観を持って開放的スタンスで、チャレンジスピリッツを持ち仕事に向き合うサントリーの皆さん。彼らと会話を交わすと、常に様々なイマジネーションが沸き、楽しい語らいとなって酒が進む。
経営は、その時代の中に生きる環境適応業であり、いつの時代にも通じる経営哲学やスピリッツが「言語」となり、家訓のように語り継がれる企業が輝き続ける。

投稿者: 吉井 日時: 09:11 | パーマリンク
第111回 「港の国家」
2007年03月01日
過日、会社のメンバー達と「シンガポール」に行って来た。7年ぶりに訪れたシンガポールは、以前にも増して、ゴミも電柱もなく、至る所に世界を代表するブランドショップがウィンドウを飾り、街行く人達は柔和な表情で楽しそうに歩いていた。
整備された地下鉄、道路、学校、高層ビル、安全な治安、400万人の人口といわれる小さな島国にも関らず見事なインフラが存在していた。そして、生活商品は、世界各国から仕入れた良質な商品が豊富に並び、日本と変わらないプライスで販売していた。
(最近、アジアで円の価値が下がり、買い物をする際、以前のような割安感がなくなってきている。)
現地で、14年前に靴の製造小売販売会社を創業した(元メンバー)経営者に案内された人気の広東料理店で、極上の蟹や魚を味わいながら、シンガポールの現状を聞いた。大卒の初任給は、20万位、マンションは、3000~5000万程、車は極めて高額、欲しい家電は大半の家庭で揃っている。そして、平均的な収入のビジネスマンやファミリー達は、日常の生活の中で、百貨店や商業施設内のレストランを使用しているとのことであった。シンガポールは、今、確かに豊かな風が流れている。
「資源も技術もない小さなこの国が、何故こんなに豊かなのか?」 その背景には、イギリスの植民地化された際、東南アジアの最適な交易ルートとしてシンガポールに着目した、イギリスのトーマス・ラッフルズというアントレプレナーがいた。
ラッフルズが、この地に港を開き、東南アジアの交易ルートを作り、シンガポールは大発展を遂げた。そして、戦争に翻弄された後、都市国家として独立した。
初代首相のリー・クアンユーは、通商都市コンセプトに、チャンギ空港、関税廃止、教育水準の向上、マナー管理(チューインガム禁止、落書きにはムチ打ち刑、公道上での泥酔禁止、拳銃の発射は死刑、乞食厳禁)などを始め、ルールを徹底した。また、IT知識集約国家の道を追求し、法人税10%代、個人取得税20%にし、海外からの企業進出を開放し、企業や人材が集うプラットホームとして、国全体をインキュベーションステージとした。
現在、シンガポールの国民年金基金・過去25年間の平均利回りは、なんと10%となっている。そして、リー・クアンユー氏が基金の名誉理事長を努め、海外のベトナムや中国などに投資し、資金運用を国が主体となって行っている。 昨年、話題の中心人物となった村上ファンドの村上氏が、シンガポールに住まいや会社を移転したのは、こういった環境だからと思える。
ボーダレスの経済社会において、シンガポールのポジションは、日本企業にとって東南アジア攻略に向けての重要な拠点であり、この国との接点から、日本の未来のありかが、見えてくるように思えた。

投稿者: 吉井 日時: 09:23 | パーマリンク
第110回 「ヒーロー」
2007年02月01日
2007年、バンコクで亥年を迎えた。久しぶりに訪れたバンコクの街の景観は、近代的な建物が増えていたが、人々の微笑は変わることなく、タイの独自の文化が存続していた。以前から一度訪れたいと思っていた世界遺産アユタヤを訊ねると、燦然と残っている建造物もさることながら、いたるところに、昼寝やゆったりと闊歩している犬の楽園に目が止まった。最近、狂犬病で話題になっているので、最初は鎖に繋がれていない多くの犬に戸惑ったが、開放されている犬達の表情は実に柔和で、タイの人々と共通したものを感じた。
中国をはじめ、アジア各国の「マネーがすべて物をいう」風潮の中で、国民の95%が仏教を信仰し、男子は一生に一度、仏門に入り修行するのが慣わしで、何か不幸なことがあると、汝がすべて至らないと考え、他人のせいにしない生き方がスタンダードになっている。そして、殺生はしないことが功徳をつむという人々に、犬達が信頼をしているように思えた。最近、多くの日本企業が、タイに新たな工場を設立している要因は、コストだけでなく国民への信頼感から来ているように思えた。
また、アユタヤ遺跡の入口に楠の大木があり、その下に、「山田長政」と筆文字で刻まれた大きな石碑に目が止まった。初めは思い出せなかったが、幼少の頃、紙芝居で観たシャム王国(タイ)のヒーロー長政であった。忘れかけていたかすかな記憶のヒーローに、思わぬところで出遭い興奮した。
山田長政が生きた時代は、戦国時代の終わりから鎖国までの50年、関ヶ原の合戦で生まれたリストラ浪人や大阪落城後亡命した浪人たちが、東南アジアに新たな新天地を求めて旅たっていった頃である。朱印船に乗った貿易商人の1人が、長政であったと思われる。長政の実像の情報はあまり残っていないが、シャムの国で日本人町を創り、アユタヤ王朝の大臣にまでなり、国王の死後は王子を助け、地方の王国リゴール王にまでなった人物と言われている。ヒーロー長政は脚色された感もあるが、日本人が、初めて海外に進出して成功した開拓者である。
今日のビジネスマンの、海外戦略の先駆け者として成功を納めた要因は、貿易を広めるために、アユタヤの内乱や外征に日本人義勇隊を率いて参戦し、つぎつぎと武勲を立て、その功績を国王ソンタムに認められ、信頼を獲得したところにあった。自らの目先の利益だけを追求するのではなく、相手の立場になって問題解決して信頼を獲得し、時間をかけ事業インフラを不動のものにしてゆく長政の残した歴史は、今日の企業の短期的利益を追求する経営のあり方に、示唆を与えている。

投稿者: 吉井 日時: 09:12 | パーマリンク
第109回 「自ら機会を創る決断」
2007年01月01日
新年新心
昨年のビジネス界は、市場成熟化の中で、生き残りをかけたM&A数2600件、そこに費やされた金額11兆、また、新興企業の株式公開134社と、これまでにない新旧交代の企業再編時代に突入した。そして、個人にいたっては、企業間での転職人材大異動の年だったように思える。
これからの企業の姿は、業界で圧倒的シェアN01企業と、狭域に根ざした唯一無二の企業群によって構成され、そこに向けての、自らのイノベーションが勝社の企業テーマとなってきた。
かつて、企業内新機軸イノベーションによって、成功に導いたホンダの創業者の本田さんが、人の役に立ちたいと日本中の自転車店主18000人に、誰にでも乗れる「カブバイク」を作って売る「本物の決断」をした。今や、ホンダブランドは、全世界で見かける素晴らしい成功をとげた。本物の決断が、企業に大きなパワーを与え、イノベーションへと繋がり、未来事業を育てていく。イノベーションを、自ら興した本田さんは、「何にフォーカスを当て、何が大切で、何をするのか」の決断を定めた。そして、自らの決断を「信じ」て、顧客との接点にすべてを集中し、定めた事業ドメインの中で、ひたすら、オンリーワンを目指し、愚直にやり抜きイノベーションが生まれた。
一方、今から40年前、リクルートの創業者江副さんは、起業家になる可能性のある人たちを集め、社訓として「自ら機会を創りだし機会によって自らを変えよ」と、語りかけた。そして、そこに共感したメンバーが新規事業イノベーションを興し、多くの事業を創生している。江副さんは、起業家集団組織を創ることを経営のコアにする「本気の決断」をした。 そして、今、一千億を超えるリクルートの利益の大半を、企業内起業イノベーション事業が創出している。 企業新規イノベーションの成否は、企業内起業家の存在が大きな要素となる。企業内起業活動を行うことのできる人材の才能は、有能な技術者や腕利きな営業マンとは違った、「新たな商品、ビジネスモデル、サービス」を創り出す価値を生む。そして、企業がゴーイングコンサーンを目指す限り、価値の創造を続けなければ経営は存続しない「確信」に、経営判断のプライオリティをおいた、江副経営の本質がここにある。
「自ら機会を創りだし機会によって自らを変えよ」という言葉の、「自ら機会を創る」ことは受身でなく、自らを積極的に会社に働きかける意味と、「機会によって自らを変えよ」は、出合った機会は、自身を変化させ成長させるチャンスであることを示している。
企業組織が、大きくなるほど受身の指示待ち人材や、オペレーションにたけている人材が多くなり、イノベーターが存在しない組織に陥ってしまう傾向にある。 江副さんの語った言葉は、各人に「強く主体性を持って、会社で自分の居場所を創れ、それが出来なければ去れ」という強烈なメッセージでもある。
今年は、ますます企業再編時代に拍車がかかり、それぞれの会社でイノベーションが求められる。
志を持って「自ら機会を創る決断」によって、2007年猪年を突進してゆきましょう!

投稿者: 吉井 日時: 10:27 | パーマリンク
第108回 「M&A」
2006年12月01日
ここ数年、国内の成熟市場や、事業承継によるM&Aが加速している。
企業の合併、買収件数は、一昨年2200件、昨年2700件となり、2005年日本で費やされた資金は10兆円を超え、2006年において世界のM&A数は、28000件となり、その総額はなんと400兆を上回り過去最高と発表された。企業経営の手段として、TOB、MBO、M&Aは、確実に根付き始めている。そして、ここ最近、IT・通信系企業群から、外食・食品・流通系の企業群へと拡がり、ジョイントの動きも活発化してきているように思える。
2年前、この変化にいち早く気づいた元ユニゾンキャピタル代表の佐山氏が設立したM&Aアドバイザリー会社のGCAは、10月6日マザーズに上場し、今後の成長性に注目が集まり一千億の時価総額を超え話題となった。
過日、焼肉チェーンの牛角ブランドで急成長したレックスHDは、わずか十年で、1480店の外食巨大チェーンに成長し、コンビニエンスストアam/pm、スーパー成城石井を買収し、急拡大をした結果、連結最終赤字に陥った。そして、外食市場の成長が鈍化したことや株価低迷に危機感を強め、投資会社のアドバンテッジパートナーズに協力を求め、経営陣によるMBOに踏み切り、非公開企業体制によって、競争力を取り戻そうと新たなあり方を求めた。 一方、明星食品と日清食品、キリンとメルシャン、伊藤園とタリーズコーヒー、コナカとフタタ・・といった同業界のブランド企業同士が、大型総合化に向け、手を組む動きが報道を賑わしている。
それぞれの企業にとって、生き残りを懸けた経営改革に踏み切らざるを得ない事情が背景にある。その一つは、市場成熟化の中で、競争激化に向き合った戦略的M&Aと、一つの事業ドメインに止まらず(多くの場合、気が散っているか、得意分野を持たない経営者による)必然性の見えない投資によって自らを追い込んでしまい、他社の力を求めるケースがある。
安易な成長戦略は、必ず行き詰まる。市場が成熟し、これ以上拡大しないならば、「成長しない戦略」として、メリーチョコレートや虎屋の羊羹のように、「良い個客と永いお付き合い」をするビジネスモデルを追及し、脈々と存続する強烈なブランドを創り、存続してゆく生き方がある。
私は、これからの成熟した日本社会の未来像は、二極化へのスピードが速まり、大型化総合化して、業界で圧倒的なN01企業とその他2、3社が寡占し、その一方で、小型特化した企業、地域に根ざした企業、ニッチな専門分野に特化した企業が活躍する流れになってくると考えている。
大型化総合化を目指す大企業の変貌は、これからの日本の企業社会を変えるインパクトを与え、企業はこれまでの延長にない再編時代を迎えようとしている。今後、一つの事業ドメインに集中し極めてゆく唯一無二の企業が、圧倒的強さを持ち、勝ち残る企業の鉄則になるだろう。

投稿者: 吉井 日時: 09:06 | パーマリンク
第107回 「起業社会」
2006年11月01日
最近、「Web2.0」という言葉が、日常のビジネス会話によく出てくるようになった。
定義は、人によって様々だ。その世界に詳しい友人に尋ねると「個人ユーザーが中心となって、誰でも利用できるインターネット上のサービスを使って、すべてのものが繋がってくるようなもの」と教えてくれた。要するに、利用者同士の,person to parson として、不特定多数の個人間で直接やり取りを行うネットの利用状態のイメージで、誰もが発信能力を持ち、その気になれば放送局もどきにもなれる。いよいよ、新たなフェーズに入ってきたと実感した。
昨年、公開したアウンコンサルティング社の検索エンジン最適化SEO技術を集客手段活用して、自社サイト単独で成長している企業が増大している。また、アマゾンドットコムが、自社のサイトのデーターへのアクセスを広く一般にオープンし、新たなサービスが創生されている姿は、これまでと違った新たな事業機会が生まれ、Web2.0のビジネスチャンスの窓が開いてきたと思える。
過日、NBCの新規事業開発委員会でのセミナーに、オールアバウトの江幡社長を迎え、「企業内起業」をテーマに講演をいただいた。オールアバウト社は、リクルートと米国のabout.comと江幡さんの出資により、スタートしたジョイントベンチャーである。 5年で見事に公開し、現在、460人の専門ガイドの方々が案内する総合情報サイトに、月間ユニークユーザー数1500万人が訪れ、日本を代表する情報サイトとして育っている。 江幡さんの語った「企業内での起業」の成功のポイントとして、「本体に、ものを言える資本政策を考えてのジョイベン形態、株式公開をスタート時から考え、ストックオプションを取り入れた人事制度、ボードメンバーにおける支援者の存在、自身が退路を断ち独立、立ち上げ人材の確保」そして、「志をもって、自分のやる事業を信じきって、やりきった」と力強く放った言葉に余韻が残った。
事業アイディアを本体から切り離して、外部の資本を入れ、別の組織で事業化し、親会社のマネージメントを薄める新たな起業スタイル「カーブアウト手法」を取り入れての、オールアバウトのインキュベーションの実例は、これからの企業の起業のありかを示している。
日本の開業率は、昨年22番目(アメリカ3番)である。新たな事業機会の窓が開いている今こそ、起業への挑戦者たちが、一人でも多く出現し、企業のイノベーションと自己実現をして欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:04 | パーマリンク
第106回 「起業アライアンス」
2006年10月01日
過日、銀座で葬儀ビジネスを立ち上げた若きアメリカ人のアントレプレナーに会った。
彼に何故日本で起業したのかと訊ねると、「以前、アメリカの葬儀社に勤めており、日本に留学した際、日本の葬儀業界の不透明な料金体系の現状が、ビジネスチャンスと思い決断した。」とのことであった。
そして、その背景に、「1980年代までのアメリカと、今の日本の現状はそっくりで、身内に不幸があって“いざ葬儀”となると、いったい何処の誰に、どんな内容で、どの位の費用で頼んだらいいのか、多くの方々がその対応に戸惑っていた。そして、その場の流れで、途方にくれながら依頼した業者と、葬儀の後に費用や内容などを巡ってトラブルが多かった。
今では、アメリカの葬儀は「生前予約」によって葬儀業者の料金が透明化され、葬儀先進国といわれるようになっている。」とのことであった。
人生で誰もが一度は関わる葬儀。彼は、徹底した料金の透明化をコアに、冠婚葬祭に投じる費用が全国的にみても高いとされる名古屋への進出を試みていた。
しかし、日本の文化、資金、人材、人脈をはじめ、何もない中でのスタートだけに、当然様々な困難との遭遇の毎日とのことであった。
現在、日本で亡くなっている方の数は、2003年に100万人を突破、それ以降増え続けて昨年は前年比5.4%増の108万人余りとなり、その市場はなんと1兆3000億。更に現在の人口構成から、2032年には、1兆7000億~2兆円ともいわれている。
一方、過日、中堅企業の社長から、本業が成熟している我が社にとって最優先課題となっている新規事業として、葬儀ビジネスを手がけていきたいとの話を伺った。
私は、いつも企業内における新規事業成功の体制の方法論は、二つあると申し上げているが、その一つは、社内起業家を独立させ、事業開発の場を社内でなく社外に出すことにある。
または、マイクロソフト社の様に、スタートしているベンチャーの起業家をグループ内に受け入れ、資本、人材、営業支援により関連会社として立ち上げていく形がある。
個人の起業には様々な立ち上げ方があるが、2兆近い市場に拡大すると予測される葬儀ビジネス業界に向かい、シェアを確保してゆくには、「アライアンス(同盟)」が、これから大きな戦略となる。新たな発想として、同時期に、同テーマの新たな事業が生まれた時、競合と捉えるのではなく、共同で起業してゆくあり方を、一つの形と捉えてゆくことも有効な成功の在り方である。
これからますます大きな成長ラインに乗っている葬祭業界が、生前の人生を表現するこれまでにない内容や、透明な料金設定で、価値ある有終の美を飾る事業として、発展して欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:32 | パーマリンク
第105回 「時代を切り開いたインキュベーター」
2006年09月01日
明治維新の頃、お金はなくとも「強烈な想いや志を形にしたい起業家」が、資本家にその熱意を伝え、「いい考えじゃないか!」と、出資してもらうことから、株式会社というモデルが生まれた。
そして、これが日本の社会を変える力になると考え、フランスからこの株式会社システムを導入し、今、話題になっている王子製紙をはじめ、東京海上火災保険、東京ガス、サッポロビールなど、業界を代表する企業を500社インキュベートした渋沢栄一は、日本の資本主義の土台を作ったといわれている。
“明治のスーパーインキュベーター”である渋沢さんの旧宅が、王子の飛鳥山公園の隣にあり、その精神に触れたい想いで時々訪ねるが、最近新たな発見があった。
渋沢さんは、大農家に生まれ、論語や剣術を学び、商売の才覚と武士としての気質をも持ちあわせていた。そして、尊皇攘夷思想に目覚め、倒幕計画を立てながらも、最後の将軍となった一橋慶喜に仕えた。 1867年、慶喜の幕臣として、パリ万博に出向き、フランスの資本主義による産業化を一気に推し進めた思想家サン・シモンに出会った。この思想の影響を受け、「産業を興す、つまり会社をインキュベートすることを最優先として社会を建設する」ことが、徳川幕府終焉後の、リストラ武士達を生かすことにも繋がり、階級社会を変革できると考えた。
そして、「富は、物が動くことで生まれる」と捉え、まず金を流通させることが必要だと、庶民からカネを集める第一国立銀行を真っ先に設立した。当時の銀行は金持ちからカネを集めることが主流で、庶民を相手にしていなかったようだが、多くの人から少しずつカネを集め、集めた資本を株式会社に投資し、利息を人々に返すといった、今でいうベンチャー投資(銀行は担保を取らなかった)を行っていった。また、その会社に必要な・技師・商人・職工などの人を紹介し、起業を応援している。そして、驚いたことに渋沢さんは、自分が設立した会社でさえ、持ち株は5%を超えないようにしており、支援に徹していた。
渋沢さんは、マネーゲームを嫌い、「儲けてもいいが、寡占は避けろ」と、口癖のように云っていたとのこと。寡占が進むと市場全体のパイが育たなくなり、市場のパワーが落ちてしまう。そうすると結局、企業は儲けられなくなり、社会は力を失う。一人で利益を独占しようとすると結局は損をするということを示唆してくれている。
会社とは、そもそも、志の実現にむけて、利益を独占しない「バランス感覚」と、起業という「チャレンジ精神」を持ったベンチャーなのだと!! 渋沢さんのメッセージを改めて、2006年の夏、受け止めた。

投稿者: 吉井 日時: 09:28 | パーマリンク
第104回 「個性的なキャリアとは」
2006年08月01日
最近、「個性的に、生きる」いう言葉を、よく目にしたり、耳にしたりする。
個性の尊重は、とても大切なことであり、誰しも願うことだ。
しかし、個性という事を、理解してない中で、ただ個性という言葉を仮面のように使ったり、無理に他人と異なる事を、個性的と口にしている様な気がする。
「ゴッホだって、始めは、誰もその才能を認めなかった。しかし、今では、素晴らしい評価をされている。自分は、ゴッホのように個性的にありたいのです!」と、転職を繰り返している方が、TVの特番で語っていた。個性は、人の間に生まれる。人を認めなければ、自分も認めない、結果、自己統一の力がなくなってしまう。だから、利己主義といった自分の殻に閉じこもった自己防衛の姿になってしまい「個性的に生きたい」という言葉だけが、一人歩きしているように思える。
彼は、ゴッホという画家を、「自我の強い、傲慢で自らを変えない頑固な人」と理解しているように思えた。しかし、実体のゴッホは、驚くほど謙虚で無私を持ち合わせ、多くの仲間達との交流を深めながら、日本画風を取り入れて、作品を創作した画家だ。
過日、社のメンバーが参加している劇団の演劇を観た。若き劇団員達が、ひとつのテーマに向かって、一人ひとりの持てるエネルギーを精一杯出しながら、全メンバーと一緒に表現している姿に、爽やかな感動を覚えながら、一人一人の劇団員に目が留まった。演劇や映画は、一人で創りあげることは出来ない。多くの人達との関わりによって素晴らしい作品が生まれ、その中から一際輝く役者が生まれていく。名を残す役者は、社会や組織に素直な態度で交わり、もまれて創造される。個人主義や利己主義でなく、自己表現することで、個性を生み出す。
孔子の「和して同ぜず」という言葉がある。才能を伸ばすのも、個性的なものを育て、表そうとするのも、和(調和)して、交わる事にある。同ぜずとは、自分を掴むことであり、この両面がなければ、個性を育てることはできない。和して、社会的なものを持たなければ本物の「個性」は、生まれない。
反対に、何かの団体や会社や組織に入って、大勢で仕事をして、大きな責任もなく成果も出ていると、自分を考えなくても過ごせていくようになり、表面だけ、和(同調)していく。「和して同ぜず」でなく、「同じて、和せず」では個性も何も無い。
本気で個性的に生きたいのであれば、まずは、社会と調和した上で、個性(持ち味)を
活かしていくという事を理解して欲しい。
先の劇団員のメンバーは、一人ひとりの持ち味を活かし、素晴らしい芝居を見せてくれた。
「皆違って、皆いい」個性は誰にでもある。自分勝手を個性と勘違いせず、社会や会社と和して、個性的な自分を開放して、キャリアを歩んで欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 09:24 | パーマリンク
第103回 「ゴールとルール」
2006年07月01日
「地上最大の祭典」といわれるFIFAサッカーワールドカップ。6月中旬ドイツフランクフルトに、観戦に出かけた。4年に一度、世界の人々が、一個のサッカーボールのゴールで興奮する。現地ドイツでは、試合会場だけでなく、街の至るところに、大スクリーンが設けられ、大画面の前に、各国から熱狂的なサポーターたちが集い、ビールを飲みながら、ボールの行方に、街中が注目しているような異様な熱気に包まれていた。
野外で、ビールを飲みながら、共に行ったメンバー達と「一体何故、ここまでワールドカップは、オリンピックを凌ぐまでに、熱狂するのか?」と話していると、隣に居合わせたイギリス人とドイツ人の年配のグループが、仲間に加わり、サッカーの歴史を語ってくれた。
古代ヨーロッパでは、丸いものは「太陽の象徴」であり、太陽を支配するものは、地球上の支配者になるといわれ、敵の部族王の頭蓋骨(丸い物)を奪い合い、それをゴールに運んだものが王になったという。「太陽を奪い合う球戯が、世界の支配を決める」歴史が、今から5千年前に生まれ、ボールを奪い合う球戯は、ラグビーやホッケーをはじめ、多くのものが生まれた。しかし、サッカーだけは、脚のみを使うルールを徹底したことによって、身長をはじめ身体的優勢がなくなり、世界中すべての民族が、平等な条件で闘えることになった。そして、経済的に、恵まれてない国でもどんな場所でも、一個のボールさえあればサッカーは出来る。 ワールドカップが、「地上最大の祭典」いわれるまでに育ったのは、こういったDNAの歴史や世界共通のデファクトスタンダードルールを解かりやすく徹底したからだと、いうことであった。
4年前の日韓ワールドカップの際、試合の行われていない神宮前の国立競技場で、5万人の観客達によって会場にウェーブが興り、海外からきたサポーターと日本サポーターたちが一体となって盛り上がっていたシーンに驚いたことを、今でも鮮明に覚えている。
今日では、当たり前のように、衛星放送テクノロジーの向上によって、世界中のあらゆるところで、同時に、一個のボールの行方に「ため息、叫び、怒号」が、生まれ、その場の空気を感じる世界が訪れた。
世界中を熱狂させるワールドカップの姿は、グローバル情報化社会の中で、共通の「ゴール」と「ルール」を定めることが、人々を熱くする企業のあり方を示唆しているように視えた。

投稿者: 吉井 日時: 09:33 | パーマリンク
第102回 「ノブレス・オブリージュ」
2006年06月01日
GWに、倉敷の大原美術館を訪ねた。展示されている作品は、モネ・ピカソ・シャガール・ユトリロ・モジリアニ・ルソー・ゴーギャン・ミレー・ミロ・セガンティーニを始め、この紙面では挙げきれない世界の巨匠と云われる画家の代表作が揃い、その凄さに圧倒された。しかも、日本にまだ美術館などない昭和初期に、地方の小さな町に一事業家によって創られたというのだから、驚いた。そして、美術館の展示品の内容もさることながら、この美術館を創った人物に強く興味を持った。
この事業家は、二十七歳の若さで、地方の小さな紡績会社を引き継ぎ、その後、クラレや、中国銀行や中国電力などを創設し、日本を代表する企業文化を持った企業グループに育てた大経営者・大原孫三郎氏である。大原さんの足跡を追ってみると、経営者教育どころか、学校教育も終えてないが、経営を社会的存在と捉え、正義感を追求し、「下駄と靴を同時に履こう」と試みた稀有な人間味溢れる実業家であった。
大原経営は、「人」を徹底研究し、「人事」を経営戦略のコアに、人に任せて責任を自分が取るといった経営スタイルで、ビジョンを具現化し、関西以西においての最大の事業家となった。そして、その作り得た富を文化事業に投資育成して、自己の目標を達成した数少ない実業家である。
昨今、企業の社会貢献が叫ばれ、企業文化やメセナが話題になり、社会から求められているが、それを60年も前にやっていたことになる。
大原美術館は、児島虎次郎という画学生と、大原さんとの出逢いから生まれた。大原孫三郎氏が、資金を提供し、画家児島虎次郎が自らの目で、現地で、印象派やエコールド・パリと云われていた頃の作品をダイレクトに画家達から買い集めた。その結果、世界を代表する画家達の名画が倉敷の街に集り、倉敷=大原美術館ブランドとなった。 太平洋戦争中、真珠のような世界の絵画のコレクションが収集されている倉敷の大原美術館を失うわけにはいかないとのことで、爆撃目標から外されていたというのだから、驚きである。倉敷の街の持つ、文化性が、こういった背景から創生されてきたのだから、歴史は面白い。
地方の志を持った若者達の手によって、明治維新が行われ、政治や経済も大きく変革を遂げた。そして、時同じくして、美術界においてもこれまでにない画風が、新たな若い画家達の手によって創生された。新たな文化が創生される背景には、目に見えない「ノブレス・オブリージュ」(富を得た者の社会文化貢献)の思想を持ったリーダーと、それを支えるチームの姿がいつも存在している。

投稿者: 吉井 日時: 09:30 | パーマリンク
第101回「出逢いとリスク」
2006年05月01日
「もし僕が、21世紀の経済界で、20世紀のビジネス界で成功した経営者と評価されるのであれば、それはレイクロックとの出逢いに尽きる。人生は、時代だけでなく人との出逢いによって変わり、何にリスクを賭けたかだ!」日本マクドナルドの創業者、藤田田氏から何度も聞かされた言葉である。
今や外食産業は30兆円市場ともいわれ、最近では、クリエイトレストランツやワタミを始め、多くの企業群が上場市場でにぎわい、駅や街のいたる所で、ファーストフードや手軽なレストランが乱立している。今から35年前、歩きながらモノを食べる習慣などない頃、日本マクドナルドは、銀座三越で第一号店をオープンした。その様は、人々に異質な存在として目に映った。そして、今日、マクドナルド、ドトール、スターバックスをはじめ、多くのFF事業会社が創生され、飲食業界のデファクトスタンダードとなった。成長時代のビジネス環境で育ったFF事業を経営することができたことは、運が良かったからではない。レイクロックとの出逢いから、その運を引き寄せすべてがスタートし、創業前に、売上も利益もないにもかかわらず、ハンバーガー大学を創り、多くの人材を育てることからリスクを背負い、藤田経営はスタートした。
「時代に恵まれたと考えたことはない。勝てば官軍と信じて、成功するまであきらめず知恵と汗をかく。恵まれたとすれば、人との出逢いと何に賭けたかの運だ!」と、常に自分を高め自己を見失うことなく、今 ここに全力投球するチャレンジャーだった藤田田さんは、結果として使い切れないほどの資産を創られた。「リターンの源泉がリスクであるということ」をよく知っておられ、徹底したリスクテーカーでもあった。
最近、あてがわれた仕組みや目の前に映る物だけに心奪われたキャリアを求めてしまう人々の傾向に危機感を感じる。自分の「やりたいこと」を明確にし、大きな声で手を上げると、必然的に人との出逢いが生まれる。
人生は、時代の中に生きるだけでなく、出逢いによって変わる。

投稿者: 吉井 日時: 09:35 | パーマリンク
第100回 「相性」
2006年04月01日
昨年、158社の企業が上場を果たした。上場企業の顔ぶれは、多彩だが、共通していることがある。
それは、社員と経営陣が一体化したモチベーションの高い人間集団であり、採用に向けては、全社一丸となって対応している事にある。
最近、新たに出会う経営者から、「今、成長チャンスだがなかなかいい人が採用できない。採用してもすぐに辞めてしまう。採用コストが高くて、苦労している。」との相談を受けることが多くなった。
私は、「御社にとっていい人とは、どんな人材像なのか?そして、その求めている人材像が、わかり易い言語として全社で共有化されていますか?」と質問している。
管理系、営業系、技術系なのか、年齢や性別、職種、スキル、これまでのキャリアは、履歴書を見れば誰でも理解できる。しかし、その人の内面にある思いや、価値観・人生観は、データでは解らない。入社して、会社をリードしていく活躍をする人を迎えるには、まず、経営者の理念に共感できるか、その会社に流れている風土や働き方に、しっくり馴染めるかが大切だ。そしてその為には、経営陣が、どんな会社を創りたいのか、数値的な売り上げや時価総額だけでなく、経営が最も大切にしている「こだわりソフト」を伝えること。インターウォーズの場合は、縁のあった人と生涯にわたって継続する付き合いをしてゆきたい!ファミリーな風土で支えあいたい!風通しのいい風土でありたい!機会を自ら創造できる人間育成をする!
といった具体的なことを入社前から、入社後も折に触れ、伝えるようにしている。
将来の会社の夢やビジネスモデル、待遇をはじめ、設備等表面だけをみて、勝手な想像をして入社してしまうと、入ってから、そこに流れる空気や価値観に違和感を覚えたり、働く先輩や経営陣人が、セクシーに輝いて見えなくなる。昨今の採用環境は、バブル期を上回る売り手市場なので、企業はよく見せようと化粧を厚くしている傾向にある。採用とは、結婚する際のような、互いに選び合う見合いの場なのである。双方の根底からの理解と共感がなければ短期に離婚してしまうように、退職という別れになる。
企業の競合との競争優位性は、一丸となったパワー溢れる社風を創れるかどうかにある。 うわべでなく本音で集った集団の企業は、理念・風土・仕事観・イズムに共感した社員ひとり一人が、良い仲間たちを迎えるために、共有した言葉で、今と明日を伝えている。
「相性」は、想像以上の大きなモチベーションに繋がり、人と企業の成長の原動力となって、互いの未来が輝く為の大切な「要」である。

投稿者: 吉井 日時: 09:57 | パーマリンク
第100回 「相性」
2006年04月01日
昨年、158社の企業が上場を果たした。上場企業の顔ぶれは、多彩だが、共通していることがある。
それは、社員と経営陣が一体化したモチベーションの高い人間集団であり、採用に向けては、全社一丸となって対応している事にある。
最近、新たに出会う経営者から、「今、成長チャンスだがなかなかいい人が採用できない。採用してもすぐに辞めてしまう。採用コストが高くて、苦労している。」との相談を受けることが多くなった。
私は、「御社にとっていい人とは、どんな人材像なのか?そして、その求めている人材像が、わかり易い言語として全社で共有化されていますか?」と質問している。
管理系、営業系、技術系なのか、年齢や性別、職種、スキル、これまでのキャリアは、履歴書を見れば誰でも理解できる。しかし、その人の内面にある思いや、価値観・人生観は、データでは解らない。入社して、会社をリードしていく活躍をする人を迎えるには、まず、経営者の理念に共感できるか、その会社に流れている風土や働き方に、しっくり馴染めるかが大切だ。そしてその為には、経営陣が、どんな会社を創りたいのか、数値的な売り上げや時価総額だけでなく、経営が最も大切にしている「こだわりソフト」を伝えること。インターウォーズの場合は、縁のあった人と生涯にわたって継続する付き合いをしてゆきたい!ファミリーな風土で支えあいたい!風通しのいい風土でありたい!機会を自ら創造できる人間育成をする!
といった具体的なことを入社前から、入社後も折に触れ、伝えるようにしている。
将来の会社の夢やビジネスモデル、待遇をはじめ、設備等表面だけをみて、勝手な想像をして入社してしまうと、入ってから、そこに流れる空気や価値観に違和感を覚えたり、働く先輩や経営陣人が、セクシーに輝いて見えなくなる。昨今の採用環境は、バブル期を上回る売り手市場なので、企業はよく見せようと化粧を厚くしている傾向にある。採用とは、結婚する際のような、互いに選び合う見合いの場なのである。双方の根底からの理解と共感がなければ短期に離婚してしまうように、退職という別れになる。
企業の競合との競争優位性は、一丸となったパワー溢れる社風を創れるかどうかにある。 うわべでなく本音で集った集団の企業は、理念・風土・仕事観・イズムに共感した社員ひとり一人が、良い仲間たちを迎えるために、共有した言葉で、今と明日を伝えている。
「相性」は、想像以上の大きなモチベーションに繋がり、人と企業の成長の原動力となって、互いの未来が輝く為の大切な「要」である。

投稿者: 吉井 日時: 09:57 | パーマリンク
キャリア・アンカー
2006年03月01日
毎年、当社に一千人を超える方々が、キャリア相談に見える。それぞれ個々人、仕事生活を通じ、自分の世界を求め、自分探しの人生を歩んでいる。
社会人デビューの際に、多くの人が成り行きで就職・就社して、今に至っているケースが多い。改めて学生時代にキャリアを、意識してゆくことの大切さを感じる。そして、過ごしたキャリアを生かし、これからを考えていく為には、その人なりの新しいキャリアプランが求められる。
キャリアは、デザイン(設計)とドリフト(流れ)の連続で成り立っている。節目節目でこれまでの自己の仕事キャリアを振り返り、これからの未来をデザインしてゆくことが、激変の今、ますます求められている。当社に、相談にこられる方々は、27歳~33歳、あるいは、40代前後が多い事も、社会人10年目と20年目は、大きな節目となるからと思える。
今から20年程前、アメリカの大学に出かけた際、キャリア・アンカーという言語に出逢った。 キャンパスで、出会ったアメリカのビジネスマンに、「貴方のキャリア・アンカーは何?」と聞かれ、いったいなんのことか答えられないでいると、アメリカではキャリアの概念のスタンダードであると教えてくれた。 「キャリア・アンカーとは、自分が船だとしたら、遠洋航海先で、どこの国の見知らぬ土地に行こうが、行った先で降ろす錨(アンカー)がある。それと同じように、ビジネスマンには、40年近い仕事人生キャリアを歩むには、どんな組織で、どんな環境で仕事をしても、その人の拠り所となるとなる不動の錨(アンカー)があるという概念なのだ」と・・。そのアンカーとは、もちろん、人によって違う。専門職的生き方というアンカーもあるし、起業家的創造性、マネージメント的 生活スタイル的や、安定志向、社会貢献等のアンカーがあると言われている。そして、何よりも『キャリア・アンカー』に気がついている人は、何処に行っても輝いて仕事をしている傾向にある事実に驚きを感じる。
私は、必ず、相談に見えた方に、「あなたは『何が』、得意ですか?」「これまでやってこられたキャリアで、最も自分が、しっくりきた時は、どんな環境で何をやっていましたか?」「あなたが、やりたいことや思いWILLは何ですか?」「何をやっている自分に、価値や意味を感じますか?」「ぞくぞくワクワクしている時は、どんな時ですか?」「これまで誰と仕事していた時が、面白く楽しかったですか?」とアンカーを意識して、話を伺っている。そして、どんな条件(年収、勤務地)かを、確認し、これらを、イメージするところから、キャリアのデザインをするように助言している。
人は、百人百色、それぞれの皆さんの、不動の「錨」アンカーを自覚して、輝くキャリア人生を過ごして欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 10:04 | パーマリンク
第98回 「街と企業のインキュベート」
2006年02月01日
2006年、香港でカウントダウンを行い、新たな年を迎えた。8年前、中国への変換前に訪れた際と比べ、街の景観や人々の自信に満ちた表情の変化に驚きを感じた。
今から百年程前、中国のプレジデント李が、「イギリスに99年間、香港の利用権を渡し、その後、中国に返還する」をコミットした。香港をイギリスの支配下の基で創造しようと、決断したのである。結果、香港は世界を代表する都市に発展した。当時の世界をリードしているイギリスに、一旦、街を預け、インキュベートしてゆこうと判断した李将軍のあり方は、改めて現在の企業社会においての、企業内起業に通じるものがあると思えた。
過日、プラスのオーナー経営者今泉さんの話を、聞く機会があった。
現在、メーカーと流通によるグループ経営によって、売上2300億、250億を超える経常利益を生み出している。その主な稼ぎ頭は、アスクルである。
その、アスクルが生まれた背景には、業界のNO1ガリバー企業コクヨが存在しており、コクヨの絶対的な強みは、全国3万店の代理店によって流通支配をしていることにあった。 今泉社長は、ここを真似しようと、全国に販売代理店を設け、追従したが、見事に失敗した。そのことによって、NO2は、絶対にNO1の真似をしても敵わないことを知り、そこで、顧客に徹底的に向き合い、満足を提供する為に、「競合と違う山に登ろう」と考えたのである。そして、そのあり方は、メーカーから、お客様に届く流通経路のダブリをなくし、一週間近くかかり納品されていた商品を、顧客にとって「明日来る」(アスクル)仕組みを創り、徹底して安く、何処の商品も扱うようにした。他社の真似を無くし、差別化を徹底し、ひたすらお客様の満足を追い求めた結果、今のビジネスモデルが、生まれた。そして、その後、第二のアスクルとも言われるビズネットを始め、次々と企業内起業の創生にチャレンジをしている。
今泉さんの話は、「ニュービジネスとは、誰でもわかる、認知されている商品を、新たなサービスで提供して行くことと捉えている、そして、新規事業会社を具現化するには、事業リーダーを社外に出し、しかるべきコンサルタントを着け、自立させてゆくことにある。」と、明快なオーナーの立場からの、実践に基づいた力強い内容だった。
一時の花火のような輝きでなく、力強く成長発展してゆく「都市」そして、「企業」を、創造した偉人達には、永い時間軸で理念を持つ人間像が見えてくる。

投稿者: 吉井 日時: 19:32 | パーマリンク
第97回 「新年初心」
2006年01月01日
「初心」・・とは、何かを起こすときの決意と言われているが、私は、とても美しく新鮮な心のあり方でもあると思っている。2006年にあたり、創業期、人と企業のインキュベーターを志した、「初心」を思い起してみた。
昨年は、株価15,000台となり、日本を代表する企業の三菱商事、キャノン、トヨタ自動社にいたっては、上場以来の最高値を更新している。また、個人消費も良くなり、日本経済は現時点においては、好環境に位置している。株式公開企業も一昨年から170社を超え、2005年の12月は20社台となった。一方、米国のグーグルの時価総額は、なんと現時点で15兆となっている。世界的な規模で経済は、サイバー社会を背景に、これまでないハイスピードで激変している。かつて、経済学者のアルビンとフラー氏が、第三の波と表現した時代の渦中に、今、私達はいる。
一方、こういった渦中で、昨年、公開し注目されているクリエイトレストランツ、ユージン、オールアバウトをはじめ、話題となっている企業群の顔ぶれを見ていると共通の傾向があることに気づく。企業内起業によって、創生され成長してきたベンチャー企業が増大していることである。過去、ヤフーがソフトバンクから、アスクルはプラスから、フャナックは富士通から生まれた。今日の日本を代表する企業の多くが、現存の企業の経営資源を活かし、創生され大きく成長し今日に至っている。最近では、カーブアウトというインキュベーションの手法が、にわかに注目されている。これは、当社が創業期から提唱している「出島インキュベーション」のモデルである。企業の中に眠っている人材やアイディア、技術、ビジネス構想を一旦外に出し、エグゼクティブサーチなどをはじめ、外部の様々な協力を得て、育成していく方法論である。企業の中にいては、可能性ある人材やアイディアが塩漬けになってしまうことを避け、外に出して、100%の子会社でなく提携先会社やアントレプレナーの資本も入れ、本社の意向に、時には「NO」といえる体制を創ることが起業の成功の第一歩となるからだ。経済は、「気」で成り立っているところがある。現在の経済環境は、既存企業に勇気をもたらしている。セブンイレブンが親会社のヨーカ堂の売上や利益を超え、グループ変革を展開している原動力になっている事実は、新たな既存企業の存続経営戦略を表している。
企業グループ内起業は、現存の企業と人の新たなあり方として、ますます注目されると思える。2006年に輝く人や企業は、本気の企業グループ内起業家が、公開市場の新たな「主役」となり、2006年を、照らす予兆を感じる。
創業期に志した「初心」を見失うことなく、「インターウォーズインキュベーション2006年」を創造してゆきたい!

投稿者: 吉井 日時: 19:20 | パーマリンク
第96回 「不退転の決意」
2005年12月01日
11月5日、国内初の男子プロバスケットリーグ「bjリーグ」が、東京、仙台、大阪で開幕した。東京の有明コロシアム会場では、試合中DJが音楽を流し、MCはマイクを離さず、タイムアウトにはチアリーダーが登場し、観客と一体化したアメリカのNBAを彷彿させる華やかな開幕であった。 今から5年前、「ファンを喜ばせるバスケがしたい」と、元全日本監督から相談を受けた。日本にプロのバスケットリーグを創りたいとの夢溢れる事業構想の話に、心動かされた。市場は500万人のバスケ愛好者人口を有し、世界では4億5千万人いるといわれており、アメリカのNBAを頂点に50ヶ国の国ですでにプロリーグが運営されている。しかし、日本では、プロ化されることなくここまできただけに、様々な障害が予想され、難易度の高い事業構想なので、当社のインキュベーション支援として踏み切るべきかの決断に迷った。
新たな事業を成功に導くには、市場を始め様々な要素が求められる。そして、その成功要因は、何よりもその事業開発を牽引する「人材(起業家)」にかかっている。私はインキュベーションに取り組む際、信頼できる起業家(アントレプレナー)がいないかぎり決断はしない。多くの企業で、企業内新規事業が成功しない要因として、暗黙の「社命」のような形で事業推進者に押し付けた結果、その人材にも、その家族にとっても、そしてその企業にとって決して良い結果をもたらさないことを知っている。新規事業に取り組むということは、そのリーダーに「不退転の決意」が求められ、とりあえず取り組んでみて、小さな困難に直面しただけで、駄目でしたでは済まされない。己の人生と命を賭ける、「覚悟」と「気概」がなければ、新事業開発は成功しない。 企業において、よく「新規事業計画」と言う言葉が使われる。新しい事業とは計画通りいかないものであり、何が起こるか解からない事件との遭遇の連続が、新規事業開発である。だから何を信じて、投資を含め、支援するかの決断は、起業人に賭けることが最大の要素となる。
バスケプロリーグを立ち上げる前のある日、元全日本監督と、二人でじっくり話す機会があった。「私は、全てを失ってもやりたい」と静かな語り口で、決意に満ちた言葉を聴いた。道は拓け、プロリーグはできると感じた瞬間であった。その後、日本協会JBLから、離れての立ち上げとなり、様々な問題解決の連続であったが、11月5日 東京、仙台、大阪で日本初のリーグが、華々しく開幕した。
新規事業の成功の大きな要素は、誰がやるか、そして、そこに誰が集うかにある。
そして、社会の役に立つ事業であれば、夢は叶う。
これを機に、日本のスポーツエンターティメントビジネスの幕開けになればと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 18:30 | パーマリンク
第95回 「未来の風音」
2005年11月01日
それぞれの会社には、流れる風がある。最近では新たな風音が、それぞれの会社のリズムによって奏でられている。近年は、アナログ世代のデスクの上にもパソコンが置かれ、社内外のやり取りがPC上で対応されている。好むと好まざるとデジタル情報化社会のうねりの中で私達は、存在している。
これまでの経済の歴史を振り返ると、大変革が起きる背景に、必ず新しいインフラ大陸が発見されている。(水路、道路、鉄道、電線、電話、インターネット)新たな市場が広がっていくことによって、これまでの常識が覆され、富の構造や主役企業が変わり、人の考え方も大きく変わる。デジタル情報大陸が出現し、新興の巨額時価総額を確保した企業が、旧態企業を飲み込み始め、最近、新聞の第一面を賑わしている。新たな市場は、目に見えない世界で存在しているだけに、未来を見つめる眼力が必要だ。
かつて、一世を風靡したポラロイドカメラは、デジタルカメラの出現によって、まさに全ての写真がインスタントとなり、2001年に倒産した。これからの企業を牽引してゆくには、未来を見抜く力と、そこで通じるビジネスモデルの構想、そして、それを創出する人間集団の力が求められる。
最近、当社で起業準備をしている学生達から、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サイト)を通じての、新しいマーケティングのあり方を考えさせられる思いがした。
SNSは、2003年に米国でインターネット上に出現した、知り合い系と呼ばれる「社交、人脈創り」のサービスのことであるが、GREE(グリー)やmixi(ミクシィ)などが、会員数200万人に膨れ上がり、「縁」が、目に見える知り合いのコミュニティとして拡がりを見せている。こういった新たな動きは、既存のマスメディアによるマスマーケティングの効果が衰退し始めている中で、新たなマーケティングの重要な仕組みの一つとして、ますます成長してくると思える。
デジタル情報大陸時代の今、既存企業の未来は、固定概念のない感性を持ったメンバー達に、解放した気持ちで仕事を楽しんで取り組めるような組織マネージメントが求められ、自己実現フィールドを与えることが出来た会社が、時代を創っていく。未来への心地良い風音が、今、貴方の周りに流れていますか。

投稿者: 吉井 日時: 18:29 | パーマリンク
第94回 「セクシーな生き方」
2005年10月01日
毎月一回、新潟に出かけるようになって6年目を迎えた。新潟を、アントレプレナーが輩出されるインキュベーション起点にしようとの思いからである。最近、何かと話題の多い新潟だが、中越震災に遭われた旅館の女将にお会いする機会があった。被害状況を伺っていると心痛む思いがしたが、一言も愚痴を言わず背筋を凛と伸ばして、生きていこうとしている姿勢に爽やかな感動を覚えた。70歳になる女将から、先祖代々受け継がれた家訓の話を聞かせていただいた。先代から「嘘をつかないこと。カッコをつけないこと。愚痴を言わないこと。いつも明るく笑顔で接すること。」ということを、毎日お経のように唱えられ学んだとのことであった。「笑顔は、社員に希望を与え、笑顔に人が集う。嘘は、人の信頼を失う。見栄は、自分を苦しくし、人間を小さくしてしまう。愚痴を言うと、心が萎え、人が離れてゆく。ということなんですよ!」と優しく語りかけられた。
その後、町興しを考えている人たちを紹介いただき、地域に根ざして頑張っている人達にお会いさせていただいた。カネも学歴も英語もPCも離れた世界にいる人達は、メチャクチャ生き生きと輝いて、一人残らず格好よかった。初対面にも関わらず、仮設のバラックの住まいに招かれ、郷土料理を振る舞っていただいた。皆さん、桁違いに優しくて温かった。彼等は、外国語のような方言で、堂々と自らを語り、人の話を体ごと受け止める。そして、周囲の目に支配されず、自分の心に聞いてすべてを決め、「意思決定」し、意見を言う姿に、「人間経営力」を感じた。
最近、急成長してきた新興ベンチャーが、突然失速するケースが目立つ。収益の源泉だった事業モデルの競争力の低下や、小手先の戦術で伸ばそうとした結果、環境変化に対応出来ない経営体質が、露呈している姿を見ていると寂しくなる。
何のために起業をし、誰のために頑張っているのか?「本来のあり方、生き方」を、見失っているような気がする。地域に根ざし、自分に嘘をつかず、見栄をはらず、人を愛して愚直に生きている新潟でお会いした方々のように、桁違いな優しさを持つ事ができると、失速しだした企業の経営者の笑顔が本物の笑顔に変わり、本当にセクシーな生き方ができるのだと思う。
私の周りには、極度の緊張感に耐える力と桁違いの優しさを併せ持っている人間力のある経営者の方々がいる。彼らに共通しているのは、見栄を張らずに愚痴を言わず、思ったことを諦めず表現する。そして、人を幸せにするセクシーな笑顔を持っている。

投稿者: 吉井 日時: 18:28 | パーマリンク
第93回 「南越谷のポラスになった中内さん」
2005年09月01日
例年、夏の風物詩として南越谷で行われる阿波踊りに出かける。今日では、日本三大阿波踊りの一つとして、56万人の人出で賑わっている。このイベントは、ポラスグループの創業者の中内俊三さんが、メセナ活動として、地元の皆さんに「ふるさと意識」を持っていただこうと始めたもので、今年で、21回目の祭りとなる。その創始者の中内さんが、6月10日亡くなられた。中内さんとは、強風の日に4人乗りのセスナ機に乗り合わせて以来、18年にわたりお付き合いさせていただいた。
中内さんは、バナナの引き売りから事業を起こし、自分の家を持つ際にひどい不動産屋の多いことに着目し、「自分がユーザーとして不動産屋を興し、人の役に立ちたい」と、志を抱いてスタートしたアントレプレナーである。身辺を飾らず、いつもプレスのないズボンを穿き、顔面笑顔で、大きな声で、会話の語尾に「○○ね!」を付け、「ウィル」を語る人であった。中内さんが一代で築かれた企業グループは、現在20社1300億の規模となっている。
当社を起業した際、ポラスグループの新規事業における人材採用のお手伝いを始め、様々な仕事をさせていただき、多くのことを学んだ。
中内さんの思考は、常に地域に根ざし、地域の皆さんにとって、良かれと思うことに集中して、地域密着経営を完成させた。
「その話、いつまでにやろうかね!お客さん喜ぶよね」「お客さんに申し訳ないことは、しちゃいかんね!上場すると、株式市場に目を向けていかないといかんしね!」と、よく語っておられた。常にお客様第一に考え、会話の中にいつも、「お客さん」と「ね」(そうだろう・そう思うだろう・と、相手のコンセンサスを求め)自分の頑固なまでのこだわりを持った経営理念を貫いた、土の香のする豪放磊落で且つ繊細な人であった。
阿波踊り発祥の地徳島では、先祖の供養の為に、阿波踊りをお盆の時期に行うとのことだが、地域のポラス(北極星)となった中内さんを供養する今年の阿波踊りは、これまでにない語り継がれる南越谷の賑わいの夏となった。

投稿者: 吉井 日時: 18:27 | パーマリンク
第92回 「カリスマ」
2005年08月01日
カリスマという言葉を辞書で調べてみると、「神様からの贈り物」と書いてある。リーダーにはカリスマ性が求められるといわれる。仕事柄、これまで多くの経営者と関わってきたが、最近カリスマと思える経営者との出会いが少なくなったように思う。その背景には、子供の頃の偏差値教育や、IT社会の到来によって情報流通が発達し、オープンになり秘密がなくなり、誰でも平等に知識を得られるせいか、神秘的な知性や、感性を感じさせるはずの言語や知識に特異性がみられず、カリスマ性が維持できなくなってきたのかもしれない。
カリスマとは、人間の枠を超えた神秘的なものであり、人に脅威に思われたり、時には狂気を感じる凄みも持ち合わせているように思う。
例えば、著名な方なので、ご存知の方も多いと思うがワタミの渡辺社長は、カリスマ経営者の一人と思える。ワタミの起業までのプロセスをとってみても、なかなか凡人には真似の出来ない、発想、胆力、体力、行動力が備わったカリスマ経営者らしい創業時代である。
以前、知人のお好み焼きの店のオープンで初めて渡辺さんとお会いした際、鉄板焼きを囲んでいて、鉄板の熱さより、彼の語りが熱く、魂の炎の熱さを感じる思いがした。人の話を体で丸ごと真剣に受け止め、熱心に聞き、そしてYES/NOをはっきり言う。その後、何度かお会いしたが、ある時「渡辺さんに会いたいという人がいる」というと「いつでも直接来ればいい。真剣な話なら、僕はいつでも聞く」と爽やかな笑顔で答えてくれた。どんなに忙しくても、時間をとって約束を守りぬく人である。自分自身の思いをとことん追求し、魂の叫のような語りで、社員に自分の夢を語り、人を集め、思いに日付を入れて実行してゆく経営者はそうはいない。
カリスマ経営者には、自らの信じた世界観を持ち、人に緊張感を与える人が多い。そして、完璧でなく、一つのことに「よくここまで、こだわってやるものだ」と思える執念によって、人を巻きこみ、新たな世界に人を連れてゆく魅力を持ち合わせているように思える。【神様の贈り物】とは、人の気を集め、新たな世界を見せてくれるプレゼントなのかもしれない。ワタミの渡辺さんを髣髴させる、これからの時代の扉を開き、新たな世界を見せてくれるカリスマ経営者やカリスマサラリーマンとの出逢いを求めていきたい。

投稿者: 吉井 日時: 18:27 | パーマリンク
第91回 「その人を活かす」
2005年07月01日
最近、ベンチャー企業の経営者の方々から「急ぎこういう事の出来る人材が、欲しい」との相談を受ける頻度が、増えている。ビジョンを具現化してくれる「こんな人材が欲しい」と理想の人材像を考え、日々探し求めることは、経営者にとって極めて大切なことである。しかし、ジャストインタイムでそういった人を迎えられる確率は、特に創業間もないベンチャー企業では難しい。ところが、スピードが競争優位になると考え、妥協した人材を迎えた結果、短期で会社を離れてしまうケースが後をたたない。多大なエネルギーとコストを賭けて、納得感のないまま退職という結果を招いてしまうことは、互いに不幸なことである。
ベンチャー企業から大きく成長した、京セラ、セコム、ソニー、ホンダ、といった日本を代表する企業は、創業時から素晴らしい人材が集ってきたのだろうか?決してそんなことはないはずだ。創業から成長していく過程で、社員の入れ替わりは当然あったとは思えるが、成長した企業の創業者たちは、よく「この人となら、何が出来るか?」「何を任せられるか?」という言葉を、語っている。人との出会いの機会を、自社の経営フィールドで生かすことに、幅広い視点で、努力してきたように思う。
そして、決断の際に重要視したことは、その人と経営者との「価値観」の「相性」である。「価値観」は、育った環境で培われるものだが、創業経営者との「共有する価値観」をもとに、その人材のポテンシャルを活かしきる経営が、よりスピード感のある企業として、成長しているように思える。
例えば、30代で有能な管理本部長を求めても、30代で管理のスキルを全て持ち合わせている人は、経歴で探すことは不可能である。全ての条件をクリアしていなくても、「価値観」を共有できた人材のポテンシャルを活かしていくことで、有能な管理本部メンバーになるはずだ。
逆に経験や前職の役職を重視して、高条件で迎えたにも拘わらず、経営批判のもと去られるケースも、ベンチャー企業においては、よく耳にする。
これまで仕事柄、経営者や個人との相性が大切であると考え、「価値観」や「意思決定の基準値」「スピードリズム感」を相性の重視要素として縁を創ってきた結果、多くの方々が経営の要職で活躍している。 経営者が「この人となら、何ができ、何を任せられるか?」そして、個人が「この経営陣なら、共に仕事をしてみたい」と互いに活かし合う視点で、人と企業が出会った時、大きな成果が創造されている。枠にはめた視点や、焦り、そして、経歴だけに頼り、価値観の共有を甘んじてしまうと、結果互いの不利益に繋がってしまう。経営のビジョンを明確にして、価値観を共有する人をどのように活かすかが、経営者に求められ、そして、参加する個人には、そういった企業を診る目が求められる。

投稿者: 吉井 日時: 18:26 | パーマリンク
第90回 「志」
2005年06月01日
ゴールデンウィークに、明治維新の立て役者となった坂本竜馬の像と精神に触れてきた。太平洋の荒波が寄せ、大きく弓なりに白線を描く高知の桂浜に、悠然と立つ竜馬は、はるか遠くを見つめていた。
幕末の時代、黒船来航により、時の政権は国の体をなさないほどに混乱し、様々な思想をもった派が生まれた。そして、倒幕に向かい始めた頃、中でも島津斉彬のもと、薩摩藩を率いる西郷隆盛や大久保利通、そして、長州藩の高杉晋作や桂小五郎といった身分を越えた同志による活動が激しかったと聞く。当時、薩摩藩と長州藩は、互いに敵対関係にあったにも関わらず、坂本竜馬の仲介により薩長同盟が結ばれた。
その背景に興味を持ち、竜馬が様々な人に送った手紙の文面から感じとれる精神の肉声や、住人から伝えられている「現地の竜馬像」を聞いてみた。
子供の頃の竜馬は、よく高い山や海に行き、常に遠くを見つめている子であり、武市半平太を兄貴分として慕っていたという。そして、遠くを見据え、本質を見抜き、固定概念なく人の意見を受け入れ、利害なく即に行動する、自由闊達な開放的な人間「坂本竜馬」を感じた。
当時の常識に囚われることなく、恋愛も仕事も自分の意思で決定し行動していた竜馬は、黒船を率いる外国に、日本が一体となって対応してゆくべきであるにも関わらず、内輪もめしている現況に強い憤りを感じていた。国のあるべき姿を見据え、薩摩藩や長州藩のキーパーソンである西郷隆盛と桂小五郎に対し、これまでの信頼をベースに、それぞれがおかれている立場においての苦悩をしっかり受け止め、「新型兵器の鉄砲の入手困難な長州には、薩摩から最新ライフル銃を・・米に苦しんでいた薩摩へは、長州の米を・・」といった互いの利害を調整し、同盟に至らせた。
そして、この同盟によって互いの藩のエネルギーが重ね合わさり、時の政権を奪い、新たな立憲国家が誕生し、明治という近代国家時代が幕を開けた。
坂本竜馬という人物の明治維新への貢献度は、あまりにも大きい。
昨年、企業間のM&Aが、2200件を超え、短期で多くの企業連合による強力な企業が生まれた。 そして、1000億円以上の案件も14件と、薩長連合を思わせるような大型合併が進み、これまでの各業界のガリバー企業に挑み、新たな変革を起こす動きが盛んになってきている。
また、来年、商法改正により、ますます外国企業の日本企業買収に拍車がかかりそうになってきている。(まるで、黒船来航を思わせる。) これまで考えられなかったことだが、大企業さえも生き残りを賭け、奔走している今こそ、誰よりも真剣に、互いの真の利益を考え調整役に徹するプロデューサー竜馬のような人材が求められている。
桂浜に立ちつづけ、「遠くを見つめる」坂本竜馬の姿は、「志を持つ」ことが、変革の時代の今、いかに大切で素晴らしいことかを、130年の時が流れた今も無言で諭し続けているように思えた。

投稿者: 吉井 日時: 18:25 | パーマリンク
第89回 「資産」
2005年05月01日
過日、新卒で日本を代表するメーカーに入社したが、社内留学制度でアメリカに留学しMBAを取得すると、2年後に年収が上がるのでとあっさりと外資系のメーカー企業に転職した人から、転職の相談を受けた。まだ転職したばかりなので、その理由を尋ねると、「最近、自分と同世代のライブドアの堀江さんはじめ、ベンチャー企業の若いトップ達のファンドに関わるニュースが頻繁に出てきて、自分はモノ創りの会社にいて、これでいいんだろうか?」と焦りを感じるとのことであった。一気呵成に企業を成長させ、一攫千金を夢見る気持ちは、解かる。しかし、最近、資本の論理だけの目線から、経営拡大やキャリアアップを進めようと行き過ぎているように思うことがある。経営もキャリアの基本は土台があって、成り立っている。この基礎のトータルな力なくして、ファンドやマーケッター、そしてビジネスマネージメントに向き合ってゆくと、瞬間花火のような状況に陥ってしまうことがある。すべての企業の営みは、現場で行われている。現場で生み出された成果が、あるから営業の仕事がある。大学で学んだマーケティング理論で、商品は生まれず、当然ヒット商品を創造できない。マネーゲームに走ることなく、モノ創りを深く理解した人が、マーケットに向かい、ファンドを活かし、マーケティングを展開した結果、生命力を持った商品がヒットし、結果として力強いキャリアが創られる。
今から、2年程前、当社の運営する会で、マッキンゼーを退職してベンチャーを起こし、
赤字で苦しんでいた経営者に、「何故そこまで頑張れるのか?」と質問した際、「自分でこういう事業があれば便利だと思い、多くの人に言ってやり始めたので、やめるとかっこ悪いから!!」と、さらりと言った。そして、今年の2月公開を果たし、この会社の時価総額は、1200億を超えた。
マネー先行の世界の人達を否定する気はまったくないが、目に映る表面の世界だけでなく、その背景や土台、根に目を向けて、長期の目線から事業やキャリアを形成して欲しい。この5月の長期連休にあたって一度、じっくりと本来の豊かな「資産」を見つめてみたらどうだろうか!

投稿者: 吉井 日時: 18:24 | パーマリンク
第88回 「新たな大陸」
2005年04月01日
1995年会社設立時、接続時間を意識しつつ、レスポンスの遅いインターネットでも、感動しながら活用していた。その頃、日本のインターネット環境は、世界一高いコスト・規制等により、アメリカや韓国に比べ遅れること8年、インターネット後進国と言われていた。
しかし、今日では、2000年を転機に、類の無いスピードで普及し、月額2800円で使い放題(世界平準より安い)、しかも、50メガビット(スピードはアメリカの100倍)と、わずか5年で、7千億市場と言われるブロードバンドインフラを有する国となった。10年前を思い出すと、現在のネットインフラ環境は、夢のような進化である。
その恩恵を受けている背景には、国の規制緩和により、ソフトバンクの孫さんや、イーアクセスの千本さん、有線ブロードネットワークスの宇野さんをはじめ、300社とも云われるベンチャースピリッツを持ったアントルプレナー達が、ブロードバンドマーケットに参加し競争を繰り広げ、今日の環境が創出されたからである。
そして、このインフラの普及により、ヤフー、楽天、価格ドットコム、DNAや最近何かと話題の多いライブドアといった企業が次々と創出され、既存の業界にインパクトを与え、社会環境が大きく変化してきた。
そして、今、さらに大きな変化が起きている。例えば、今日の天気、スポーツの試合結果、仕事、食事、バーゲン、映画、旅行といった情報を、いつ何処にいても確認できるモバイル環境は、驚く内容となっている。以前、米世界最大のタワーレコードが、経営危機に陥った背景に、アップルのステーブ・ジョブスが、「iPod」を売り出し、「曲を、ダウンロード」によって、顧客へのインターフェースの取り方を変えて、いっきに市場を掴んだ事が挙げられる。このケースが示唆しているように、モバイル市場は、インターネットを超える巨大な8兆5千億円といわれる大きなインフラといわれているが、情報のコンテンツによっては、既存のブロードバンドを打ち負かす存在が出現してくると思える。
最近、ソフトバンクの孫さんは、この大陸にターゲットを絞ってチャレンジしようとしているが、私共も昨年から、モバイルをキーワードにしたアントルプレナー達との出会いが増え、新たな事業をインキュベーションしている。
そして、これからの起業は、2010年~2015年頃の生活や仕事がどうなっているのかを考え、そこから今日を見るという発想が必要に思える。しかし、中には、仕組みだけに走り、いかに早く権利を取るかに固執している方がいるが、まずは、将来、生活やビジネス変化を予測し、そこにどうやって小さなモバイルの画面上で、必要な情報を狭い範囲に伝え、役立つシーンで事業を真剣に考えて取り組んで欲しく思う。
巨大なモバイル大陸への3社独占の規制が緩和された時、人の役に立つ発想で、本当に価値ある情報と1円の重みをしっかりと受け止め、愚直に現場情報を集め提供していく気力も体力も若いアントレプレナーが、次世代のヒーローになっていくのだと思える。
新たなマーケットに、夢と希望を持って、チャレンジしてもらいたい。

投稿者: 吉井 日時: 18:23 | パーマリンク
第87回 「目の前の山」
2005年03月01日
最近、当社に転職相談にみえる30代で5社以上転職している方々が、増えてきている。そういった方々に「何故今の会社を辞めようと思うのか?」と訊ねると、「10年~20年先が見えなく不安を感じ、自分の成長が出来ない、自分が活かされていない、今の会社と合わない」との答えが返ってくることが多い。今の時代、将来に不安を感じる気持ちは理解できる。しかし、激変のこれから10年先 20年先を見通せる人は何処にもいない。先が見えないからといって、夢が持てないと不満をいって、転職活動をゴールにしても、本当に自己を成長させることに繋がらない。1~2年で、会社を変えて見える景色よりも、今、目の前にある目標の山を登り達成すれば、今まで見えなかった多くの発見や、見逃していた事実に気づき、新たな世界が、きっと目に映るはずだ。一つの山を登れば、広く周りを見渡せ、次の展望としての、WOOS(機会の窓)が大きく開き、ワンランクアップのステージが見えてくる。輝きをもって、成功を納めている人達は、「今、ここの場で、愚直に、がむしゃらに努力した。」キャリアを過ごしている。
最近、激戦の飲食業界のマーケットで、1999年にスタートした(株)クリエイトレストランツの成長発展のスピードが、著しい。マルチブランド戦略で、様々なブランドの飲食店を創生し、年間100店開店させ、売上げを伸ばしていく体制に入った。一つのキャリアを愚直に追求した最強のチームメンバー達が、てっぺんから見た視界で開発したビジネスモデルを応用して、様々な店舗を創造してゆく成功モデルは、現在、他を圧倒している。
一つの仕事を追及し、一つの世界で成功を納めた人は、本物の実力を身につける。そして、そういった人達は、その後、何をやっても満足の行く成功を納めている。
私共の会社は、転職のお手伝いをさせていただいているが、縁あって出逢った人達に、「納得のいく、正しいキャリア時間を使って欲しい」との思いから、時に転職を勧めないこともある。一つ一つ努力して、実力を備えていく人は、必ずステップアップできる仕事に巡り合え、自己実現していくはずだから・・。

投稿者: 吉井 日時: 18:22 | パーマリンク
第86回 「自立」
2005年02月01日
最近、「自立、雇われない生き方、起業」というキャッチを、よく目にする。仕事柄、これまで多くの起業相談を受けてきたが、「起業するのも面白いかなと迷っています」といったスタンスの人で成功したケースを、ほとんど知らない。万人が起業家に向くわけでなく、また、起業家には、「自分の目的が今の周辺には無く、自分でやるしかない」という明解な理由がある。
そもそも、企業の中でも、自立した生き方はいくらでもできる。受け身でなく、会社を活用し、スキルとバリューを合わせ持つ“ビジネスパーソン”として、新規事業の立ち上げに「参加」し、経営陣に加わり、輝きのある魅力的な仕事キャリア人生を送っている人は多い。また、経営参謀として、トップの理念やビジョンを具現化してゆくのを待って、新たなチャレンジをして行く人もいる。また、独立しても、個人として、会社と契約してキャリアを重ねて行くことも自立としての一つの選択である。
私は、社会人としてスタートし、仕事をするようになってからこれまで、雇用されているという気持ちはほとんど無かった。常に「さあ、商売!」といった思いで、自分がどんな立場にいても当事者意識を持って、自ら責任者としての意識で仕事に取り組んでいた。
キャリアとは本来、起業や企業社員、公務員とは関係なく、その人の個性的能力を本当に発揮できる役割、職スキル、価値、経験を重ね通したことをいう。働き方、職、役割は、多様極まりないが、キャリアは、個人を社会と結びつける基本的な媒体であり、「キャリアで成功する」という視点で考えると、相当時間の職業、本業に没頭した人が、共通してゆるぎないキャリアを形成している。
雇われない生き方を前提に考えるのではなく、企業の中で、生き生きと自立してゆく企業内起業として、例えば、アスクルの岩田さんや、ローソンの新浪さん、ヤフーの井上さんは、企業内で自ら新規事業を担当し、企業グループの一員として力強くキャリアを築いている。
無理やり自力で起業した結果、多額の借金によって生涯苦しんでいる話を聞くと、独立することが目的になってしまい、自分を見失ってしまっているように思えることがある。
どういった選択肢を選ぶにしても、受け身の“会社員”ではなく、スキルとバリューを合わせ持つ“プロのビジネスパーソン”として、「キャリアで成功してゆく」ことを理解した「自立」を目指して欲しいと願っている。

投稿者: 吉井 日時: 18:21 | パーマリンク
第85回 目に見えない世界の訪れ・・
2005年01月01日
新年新心
今年、日本人の平均年齢が、いよいよ50歳時代を迎える。歴史的にも世界の各国にもこれまでになかった平均年齢を迎えた象徴的な年といえる。そして、今日の環境は、生活の隅々までがデジタル化、サイバー化され、これまでの古い秩序や体系が崩壊し、社会全体が新しい社会へとますます大きく変貌してきている。昨年、象徴的な出来事の一つとして、楽天の三木谷さんをはじめ、1995年以降誕生した新興企業の経営者達が、球団業界の古い体質に対し、外からインパクトを与えた。しがらみのない、新たに出現してきたリーダーが、素早い意志決定で、様々な業界で変革を起こし始めている。
ここ最近、当社に、各界を代表するエスタブリッシュメント企業から、「新たなビジネス機会の到来を理解し、そこに参加しようと考えているが、なかなかうまく立ち上がらないのでどうしたらいいのか?」との新規事業の立ち上げに関する相談が増えてきている。話をよく聞いていくと、例えば「既存の事業で現在、利益が出ており、今やっている事業を新たなビジネスモデルで対応すれば、既存事業を脅かすことになり、また、多くの人材がいらなくなることになりかねない。」といった「内なる組織の壁」が、新規の芽や苗を育てない原因になっていることが多い。その結果、前年対比の数値を上げることに経営陣の意識が向き、既存事業を脅かさない、新たな名前を変えた事業名の組織や管理職を増やし、マーケットに向き合っていない膨張した組織に陥るケースが多い。一方、ここ最近、専門分野に特化し、新たなビジネスモデルで、急速に成長している豆腐「三代目茂蔵」の篠崎屋が上場し、業界に大きなインパクトを与えている。また、価格ドットコムが、葬儀関連の価格比較を行い、やはり、業界に大きな波紋を投げかけている。いずれも、これまでのしがらみのない起業家たちが、新たな勢力となってきている。
何でも与えられて売ってきた業界の大手企業の多くは苦戦し、新旧交代の時代にいよいよ拍車がかかってきた。
50歳平均年齢、サイバー社会、温暖化環境変化、グローバル化、個々人にとっては、ピンと来ないことと思えるが、確実に目に見えない潮流の渦中に私たちは、今、位置している。この新たな世界の訪れは、横並びでない個々人の格差を生み出し、企業においては、昨年2200件M&Aが行われたように、サバイバル競争にさらされる。2005年に輝きを放つ人は、新世界での新たな「掟」を、見つけることができた人であろう。

投稿者: 吉井 日時: 18:21 | パーマリンク
第84回 事業の必要条件とは
2004年12月01日
過日、起業を志す学生達に向けての講演会で、コムスンの創業者折口さんの話を聞く機会があった。「センターピンは、何か!」を見抜き、徹底追求することが事業を成功させる必要条件である。そして、ジュリアナ成功のセンターピンは、お立ち台でもなく、音楽でもなく、内装でもなく、「月曜日から店を満員にする」為に、ただでもいいから人を集めまくった仕掛けにあるとあまりにも自信を持って語り切った言語が、印象に残った。変化のスピードの速い今の時代、新たな事業を立ち上げていくには、構想に対し、軸足を定め、ポジションを明確にして、徹底して攻め込んでいく事が求められる。例えば、IT業界に例えるなら、「楽天」のようなショッピングモールを運営したいのか、その中で「幻の酒」という店を出して酒を売るのか、「価格COM」のように価格の情報比較サイトで展開したいのか、「NTT」のようにインフラを抑えたいのか。いったいどのポジションで、利益を確保するのか、自分の目指す事業の核となるものを絞って定義し、他の追随を許さない深さを徹底追求することが、成功の必要条件となる。特に、サイバー社会では、的を絞り、誰よりも速く、愚直にやり抜いていくことが求められる。
今年、9月9日、ジャスダック市場で、生鮮99円コンビニの99プラスが上場した。66万の公募に対し、初日145万という高値でスタートし、最近では200万台を維持し、時価総額600億となっている。そして現在、店舗総数は450店となり、来年は、いよいよ1千億の売上となる見通しである。6年前、中堅スーパーの企業内新規事業としてスタートし、今や流通業界において注目を浴びる会社になった。しかし、これまでのプロセスにおいては、グループ本体の経営が、多角化や拡大膨張によって危機を迎え、キョウデングループより支援を仰ぎ、以前の経営から切り離され、自立することによって、今日に至っている。 今日のビジネス環境は境界がなく、事業意欲旺盛な創業経営者は、ある程度の事業を育てると様々な事業意欲が出て、チャレンジしたくなる。しかし、現業の掘り下げが浅い状況下の基で新規事業を立ち上げて行くことは、機動性が失われ、そこには必ず競合が付け込んで、本体の経営が崩れてしまうケースが多い。99プラスの上場は、様々なことを示唆してくれている。先日、上場記念パーティで、会場に集まった人達に向かって社長の深堀さんが放ったスピーチは、「今、お茶、ヨーグルト、焼きそば、トマトジュースが、一日何本売れている。そして、これから、・・」と、現場の香りのするリアルな決意のこもった直球スピーチであった。
新たな事業を立ち上げ成功させるリーダー達は、センターに向かった核を定め、ポジションを明快にして経営に集中し、「何としてもやり抜く」気迫と、一つのことを掘り下げ、現場で輝く姿を見せてくれる。

投稿者: 吉井 日時: 18:20 | パーマリンク
第83回 上海の情景
2004年11月01日
過日、久しぶりに会社のメンバー達と「上海」に行ってきた。東京汐留に新しくできた高層ビルを超えるようなガラスウォールのビル群が聳え立ち、数多くの工事中のインテリジェント高層ビルが目に入った。これまで中国は、世界の工場であり供給基地と云われ、ユニクロをはじめ、多くの日本企業が生産ラインをシフトしてきた。しかし、目に映る上海は、以前にも増して、ハイセンスな衣類をまとった人達が闊歩し、新しくできた新天地では、朝までやっているディスコを始め、様々なコンセプトの店には、パワー溢れる若者達で溢れていた。そして、最近オープンした、ドレッシングのピエトロが運営している洋麺屋に、若いカップルが賑わい、楽しげに語り合っているシーンを見ていると、まるで青山や六本木のレストランにいる感覚だった。
今、「消費する街上海」の姿を見ていると、最近の日本における鉄鋼関連株の高騰が示しているように、日本のビジネスモデル、工作機械、原材料、ロボット等と、供給先としての「お客様上海」へとシフトしてきていると感じる。
11月現在、通貨元は1元13円となっているが、ブルーワーカーの月給が2年前には8千円だったものから1万1千円に、ホワイトカラーの月給が、2万5千円から5万円に上がっており、ホワイトカラーの人件費は、この10年間でなんと「10倍」に上がってきている。ブルーとホワイトの格差が、年々大きく広がり、2重構造に拍車がかかって来ている。かつて、日本が歩んだインフレ期の乱気流に、上海は、入り始めていると思えた。人口100万都市が、160もあるといわれている中国。都市集合の国であり、一部の地方都市は、周りから栄養を取り込み成長し、暴走しているのかも知れない。こういった状況下で、これからの中国と付き合っていくには、160都市のそれぞれ状況の違う都市の「お客様」ニーズは、異なっていると認識しなければならない。そして今後、チャイナ特需の何に手を出し、何に手を出さないかの答えは、日本の1980年の後半から、1990年の時代が教えてくれる気がする。

投稿者: 吉井 日時: 18:18 | パーマリンク
第82回 起業のスタートは、「個の覚悟」から・・
2004年10月01日
過日、大手企業の企業内新規事業のプレゼンテーションを受けた。 チーム構成されたメンバー3名から、各人の役割でパワーポイントを使い「かっこいい」プレゼンを受けた。バランスの取れた内容であったが、何故か、余韻の残るものがなかった。一方、一人の若きメンバーが手を震わせながら、提案してくれた事業プランは、数日たっても「先見性」に富んだ余韻を感じる内容の事業プランであった。
起業には、個人で起こすケースと、企業内組織で起こすパターンがある。両者に共通していることは、「なんとしてもやりたい!」と、強烈な思いをもった一人の「個」から、起業の第一歩がスタートする。 ベンチャービジネスを成功させる為には、たった一人でも、24時間成功に向き合う執念と、志と欲望を満たす商品やサービス、戦略、情熱がなければ、成功はおぼつかない。夢と覚悟をもって、「こんな世界を創りたい」といった決意が、「人」や「資金」や「情報」を集める。起業人には共通して、異能で、見えない大陸に対し、己の直観力を信じ徹底してその思いを追求し、妥協を許さないアートな人が多い。
多くのマーケットが成熟している今日の経済環境下で、9月9日上場した99プラス、価格・COM、QBハウス、ゴルフダイジェスト、楽天等、成長しつづけている企業の特徴は、シェア競争でなく、新たなバリュー(価値)を創造し業績を上げている点にある。こういった独自のこれまでにない「商品やサービス」を提供しているビジネスモデルは、「個人」の強烈な思いから、創造されている。その背景に、安に周りのメンバーに妥協しない自己主張を貫く一人の「起業人の姿」が見えてくる。よく、ホンダには、本田宗一郎と藤沢武夫、ソニーには、井深大と盛田昭夫が、いたからといわれる。しかし、スタート時、このコンビは存在していない。スタートした後、出会い、成長企業を創り上げている。当社が、インキュベーション支援のコアソリューションサービスとして、「経営チームに参加する経営人材」の紹介を行っているのは、「起業」から「企業」へと成長する為に、「経営チーム」が、求められるからなのである。起業の本質は、何人にも依存しない「俺の考え、思い」にある。
自らを「リーダーとしての起業家の道へと」決断した時、依存心を断ち切り、「皆んなでなく、日曜もなく、人生をかける」といった、覚悟が求められる。
21世紀の新規事業は、地図も型紙もない見えない世界との闘いである。起業時、個人の野生的直感力と強烈に思い込む意志力による内なるエンジンを、フル回転させることが、すべてのスタートになる。

投稿者: 吉井 日時: 18:18 | パーマリンク
第81回 「リクルートのDNA」
2004年09月01日
過日、リクルートの創業者の江副さんが、経営者が集う公の場で14年ぶりに「リクルートのDNA」というテーマで講演をした。「お~吉井君」と、会場で少し照れながら語りかけてきた江副さんは、昨年三月、14年の長きに亘ったリクルート事件の公判判決が確定し安堵したせいか、ふっくらとした風貌で現れた。自然体で少しジョークを交えながら、「リクルートの創業時から、今日の売上げ3600億、経常利益1,100億経常利益率32%を創生してきたものは・・」と、語る内容は、まさに「創業者の経営哲学」だった。
「わからないことはお客様に聞く!このことを、経営に反映させた。情報を流通させることが業界を制すると考え、コンビニに、100円の本なら販売手数料を90円払い、徹底してリクルートの情報誌を並べていただいた。人材採用は経営のもっとも重要な要素と捉え、リクルートに優秀な人材を集めることに、徹底して力を注いだ。数千人のアルバイトの中から社員に登用した人材は優秀であり、今でいうインターンは40年前にやっていた。女性を採用する際、必ず女性が面接し、若い人の採用は、1~3歳年上の若い人が、何度も会って選考する。やる気やリーダーシップのある起業家精神旺盛な人を、SPIを使ってセグメントした。外国人やヘトロジニアス(個性的)人材をできる限り採用し、多くのフリーランサーに仕事を委託し、リクルートの仕事をしていただき、外との垣根を低くした。 自分はリーダーシップが弱いので、事業部制を取り入れ、多くのプロフィットセンターを創り、社員に経営の機会を与えた。社員から新規事業の提案が上がる仕組みを創り、年間300件近い提案の中から2~3件選び、事業化した。今日の事業は、こういった新規事業インキュベーション制度から生まれ育ったものである。自己申告制度を取り入れ、上司とうまくいかない弊害をなくした。相性がうまく合う様にすれば、人は生き生きと働き、大きな成果が上がる。海外旅行や社内のキックオフのイベント・お祭りをよくやった。社内報やビデオをはじめ、社内情報の共有化を徹底し、情報共同体組織に努めた。社員持ち株制度を取り入れ、今では、ストックホルダーとして、社員持ち株会が筆頭株主である。 デザインは、人を魅きつける大きな力である。デザイナーの亀倉雄策さんを経営陣に迎え、本や、ビルのブランディングに注力した。機械にできることは、極力機械に仕事をふった。誰をどの仕事に配置するかの、人事を徹底した。脅威と感じるほどの事態のなかに、隠された発展の機会がある。変化をコントロールすることはできないが、できるのは先頭に立つことである。われわれのあとに続く人は、われわれより優秀でなければならないと考え、人材採用に多くの時間とエネルギーとコストをかけてきた・・・」
リクルートという会社は、リクルート事件により様々な社会から制裁を受け、企業基盤を揺さぶられたにもかかわらず、企業の活力を失うことなく1000億を超える収益や事業継承がこれまでスムーズに行われている。そして、さまざま分野でOB達が、才能を開花させ活躍している。江副さんは、目には見えない「リクルートスピリッツ」という「DNA」を、リクルートに残した。

投稿者: 吉井 日時: 18:17 | パーマリンク
第80回 「挑戦者たちの言葉」
2004年08月01日
今年の5月、オーストラリアでGlowWormsといわれている、土蛍を見た!真っ暗な洞穴の天井に、妖しく光る無数の光は、夜空に輝く満天の星を見ているように美しく、神秘的な土蛍が放つ光は、子供の頃見た虹の様にも思えた。
過日、国際人の集まる会で「オーストラリアで見た、GlowWormsが、7色の虹の様に思えた」と話すと、面白いことに、アメリカ人は、虹は6色だと、中国人は5色、だと言ってきた。そして、それを聞いたベンチャーの社長が「虹は、24色ある」と、語気を強めて言い放った! 私には、虹の色が国によって違うわけでなく、目に映る視力の問題でもなく、虹を見つめる感性や、先入観・固定概念や考えが「言葉」によって縛られているから、こういった表現となったと思えた。「昔からこういうものだ。これが当たり前のやり方」と云う固定概念が、発想やプレゼンテーションを表層的なものにしてしまっていることがある。
以前、ソフトバンクの孫さんがナスダックジャパンの立ち上げパーティの際、会場に集った人々に語った「新興市場のもたらす未来の姿」のスピーチは、輝きに満ちた素晴らしい内容であった。今も、私の脳裏に強烈に残っている。孫さんは、よく「脳みそは筋肉であり、歴史に名を残した偉大な発明家や芸術家達は、脳がちぎれるほど考え、それを言語やアートで表現する。」と、口にする。
時代をリードする経営者たちが、志を持って一つの事を表現する時、固定概念のない多面的な色合いを持った表現は、人の心の奥に伝わり、感動させる力が宿る。 起業家達と芸術家達の話がおもしろいのは、まず固定概念が無い事である。起業家は、未来のビジョンを自らの想いで新しいデザインを描き、言語や理論を加え、周囲の人たちに感動を与える。芸術家の原動力も、無から有を生む事に、自ら感動し、あとはそれをアートとしていかに表現し伝えるかにある。企業の変革に最も必要な事は、固定概念に囚われず、今を見据えて、自分を信じてチャレンジしていった創業者の魂をもう一度呼び起こす事だと思う。起業家のDNAには、必ずその基になる精神が「言葉」となって宿っている。

投稿者: 吉井 日時: 18:16 | パーマリンク
第79回 「出島」
2004年07月01日
「前例がない。なんとなくリスクが、高いような気がする、難しいよ!」既存企業で、新事業を生み出そうとする時、提案者に対し、よく役員や責任者から、出てくる言葉である。オールドエコノミー企業における新規ビジネス会話は、「否定」から始まることが多い。その部門の役員が決断を下す際、責任が付きまとうから、「NO」といっていた方が無難なのである。経営陣は、可能性のある芽を潰さない為に、もっと外を歩き柔らかい目で、答えが自分の中にあるのではなく、他人(ひと)の中か、街の中にしかない判断の目を養えることに気づいてもらいたい。
起業家の多くは、異能な狂人といわれる。こういった人材はなかなか、社内では育ちにくい。なぜなら、起業したことのない管理者が、新規事業の判断をするケースが多いからである。また、リスクを取りたがらなく、そういった人材を、排除したがる傾向にある。私は、そういった現状を避けるために、「出島インキュベーション」と称して、企業内アタッカーを社外に出し、プロセスで邪魔されない独立環境を創り、マーケット向いた事業開発をメソッドにして、起業支援を行っている。
企業内起業の第一歩は、個人が、強い意志を持って「こんなことをやりたい!!」と思うことからスタートする。そして、企業内で起業を試むには、まずはアイディアの種を、「誰に、何を、どのように・・」と夢を持って紙におとして見ることだ。種を育てるには、強烈な思いを持って、行動に移すことが肝要だ。答えはマーケットにあり、ネット検索、資料をよむ、本を集める、人に会って、聞きまくり、とにかくなんでもできることはやってみる。そして、体で感じて見ることである。そして、人に、自分の思いを、一枚の企画書にして、ぶつけてみることである。「これは、こうで無理だと・・そんなこといったってこれは、どうするの?」と、否定の連続トークが必ず出てくる。これは、貴重な情報であり、指摘に対し「では、こうしたら・・」の発想で、企画に一つひとつ落としてゆくと、英知が取り込まれ、生命を持つ事業企画案が出来上がる。そして、新規事業の意志決定責任者にプレゼンテーションし、コンセンサスを取ったら、役員の顔や声の届かない「出島」に出て、起業に望むことが企業内起業の成功に向けての一歩となる。
過去、プラスの岩田さんという方が、「アスクル」を・・、イトーヨーカ堂の社内アントレプレナーで鈴木さんが、「セブンイレブン」を・・富士通の稲葉さんが山梨で「ファナック」を起業し、日本を代表する素晴らしい企業を育てた。その背景に、共通して「出島」に出て起業したことを皆さんご存知だろうか?

投稿者: 吉井 日時: 18:15 | パーマリンク
第78回 「藤田田さん」
2004年06月01日
今年2月「新規事業をやりたいので、これは、いける!と思える事業を、もってきてくれ!」と、日本の飲食業で最大の企業を創った日本マクドナルドの創業者、藤田さんから、相談を頂いた。そして、2ヵ月後、4月21日亡くなられた。
藤田さんとは、20年にわたり親しくさせて頂き、多くのことを学んだ。ハンバーガーが、日本のNO1外食事業として、4000億企業になったのは、「藤田田」さんがいたからに、他ならない。
藤田さんへお別れの挨拶に伺った際、藤田さんの部屋の窓際に、望遠鏡が置かれており、
時々そこから銀座中央通りを眺めながら、「どうや左側の方が、人通りが多いだろう! 店を出すならこっち側だわな!!」と、語った藤田さんの言葉が蘇った。「日本人とは、アメリカ人とは」を、常に口にされ、未来を見据え、強烈なカリスマ性で、即断即決によってことを進めていく様は他の追従を許さない、素晴らしいリーダーであった。あてがいの仕組みでなく、日本人を深く読み取り「マクドナルド」という日本独自の言語をはじめ、為替から、アルバイターのモチベーションまで、オリジナリティな仕組と風土を創り上げ、一人ひとりが輝く会社を築いた経営は、他国で生まれたブランド事業のインキュベーションのあり方を示してくれた。
以前、ヨドバシカメラの藤沢社長を紹介させていただいた際、「あんたの店のポイントカード!ほら(見せながら)使っているよ!!」と、極めて現場に基づいた内容の二人の会話が、止まることなく交され、個性豊かな二人の創業経営者の目線や意識が、「勝つことに執着した競争」であることを、強烈に示してくれたシーンがあった。
藤田さんは、人前で過激な発言をする方だったが、取引先に対する面倒見や社員達に対する思いやりを持った「幸せ提供」を見事に実践され、多くの人に愛された経営者でもあった。また、藤田商店をベースに、日本マクドナルドはじめ、トイザラス、タイラック、クリスチャンディオール(元代理店)東京タワー蝋人形館、スポーツプール事業、その他、といった多くの企業を次々に、展開していく経営哲学は、ソフトバンクの孫さんをはじめ、多くの企業家達に、夢と勇気を与えた先駆者であったように思う。
関西弁交じりの各論で、早口で捲くし立てて話す藤田節が聞けなくなると思うと本当に寂しい限りだが、みごとなエピローグで人生を締めくくられた藤田さんから学んだことを一人でも多くの企業家達に伝えていきたい。

投稿者: 吉井 日時: 18:15 | パーマリンク
第77回 「誰と共に・・」
2004年05月01日
「何がやりたいのですか?」と、私は転職の相談にみえる皆さんに必ず伺う。最初はそれなりの希望を言われる方々も、よく聴いてみると自分の求めているものが、「実は、よくわからない」という言葉が返ってくる事が多い。そういった方々に、「これまでのキャリアで、誰しも一度や二度は、生き生きと楽しく仕事をして、輝いた時があると思います。その時、どこで、何をしていた時ですか?そして、そこに共通していえることは、どんなことでした?」と訊ねると、「何をやっていたか」よりも、「誰と共に働いていたか」に、輝く要素があることが多い。
自分と気の合う好きな人や、自分が共感できる価値観を語る社長や経営陣のもとで働けば、心地よく伸び伸び働ける。やりたい仕事も大切な要素だが、この人とだったら共に働きたいと思える人を見つけることは、企業選択の大きな基準となる。
過日、6年前にある企業にご紹介した役員と、部門部長と会食をした。笑顔でこれまでの経緯を語る彼らの中に、互いに対する信頼感が感じられとても爽やかな気持ちになった。私たちは、「人の相性を大切に」という思いがあるので、その企業と役員に思いを寄せてくれた方々を次々に紹介した結果、500億の事業会社として成長し、今年いよいよ上場する。
ご紹介した方々の多くが部長職という立場に昇格され、ますます手腕を発揮している。
起業時、殆どの場合、気の合う仲間と共に、スタートする。アーリーステージの企業の優位性は、気の合う、信じあった人間達の団結力以外、何ものでもない。 小規模の会社を選ぶ際は特に、社長とメンバーの理念や価値観の共有化は、きわめて大きな転職成功要素となる。経営者の理念やビジョン、価値観、そして意志決定のワールドに参加するのだから、なおさらである。
人は、本質的に自分の為だけには、努力できないものである。誰かが喜ぶ事、喜ぶ顔をみることで、力が湧く。子供の頃、好きな友達や先生の家の手伝いは喜んでやった記憶はないだろうか! 気の合う好きな人の為に、仕事をするということは、その人に、自分を認めて欲しいからである。持てる力を最大限に上げて仕事をするから、成果が上がる。そして、そういった気持ちで仕事する仲間が集まった環境は何ものにも代えがたい。
「誰と共に・・」は、想像以上に大きなモチベーションに繋がり、人と企業の成長の原動力となる。 魅力的な気の会う人との出逢いは、人生を根底から変え、未来を輝かせる。

投稿者: 吉井 日時: 18:14 | パーマリンク
第76回 「元気をくれる人」
2004年04月01日
その人と話をすると、こちらが元気になる人がいる。逆に、話す程に、心が重くなり力が抜け、パワーを奪われてしまう人もいる。信頼するローソンの新浪さんや、ソフトバンクの孫さん、日本マクドナルドの創業者の藤田さん、プロサイドの椎名さん、最近お会いした福助の藤巻さんや楽天の三木谷さん達は、『元気をくれる人』である。
彼らの会話の特徴は、必ずどんな会話でもしっかり受け止め「うん!なるほど!そうね!」で始まる。何にでも興味を持って、ポジティブに発想し、会話がどんどん広がって行く。
一方、こちらの話をいつも「それは・・、こんな問題がある・・」「いや・・こういうリスクが・・あってムリです。」「うまくいえないけど・・何か変だ」という不遜な態度で、心閉ざして話を聞く人がいる。はじめから、明解な理由で、“NO”(できない)といってくれた方が時間に無駄がなくいいのだが、“評論家”のような会話をする人は、始末が悪い。
こういった方々は、「何か問題があるのじゃないか?」とか「どのように人は、思うかなぁ」と常に自分に自信が無く、従って自ら判断できる基準も意志もなく、メンバーに時間稼ぎのサーチや意見をただ聞くばかりで、結論を出さないでいることが多い。また、何度も同じテーマでの会議を行い、会議の為の会議をしてもまた、同じ議論で空回りし、意味のない時間と疲労感だけが残る。肩書きや永年そこにいただけで、自己を表現し、人の目をいつも意識し組織のバランスだけを気にする人に、こういった人が多いようだ。個人だといい人なのに、会社組織にいるとゾンビと化し「私は」でなく、「内の会社」になり、保身パワーが優先してしまい、相手の自己を認めなくなってしまう。 実態として、大きな組織を率いれば率いるほど“企業内個人”として、OK、NOをいえる人であり続けるのは難しくなってくる。企業組織の階段を上に昇るほど、事業の流れや、関連部署を動かす事に、益々、人間としての器量が求められる。
前者の人達は、一度しかない人生を、自分を信じ、完全燃焼したいと、明日を夢みて「いま、ここ」に集中して生きている。自己を認めているから、人を受け止めそして、認め、共に未来を語るから、触れ合うと元気になる。
私も、“元気をくれる人”を貫きたい!!

投稿者: 吉井 日時: 18:14 | パーマリンク
第75回 「経営者達のOFFタイム」
2004年03月01日
過日、マスコミで話題の多い経営者達と、週末の過ごし方で話が盛り上がった。プライベートでの彼らの週末スタイルは多種多様で、楽しみ方も様々であったが、いくつか考え方が共通していた。
私が、いきつけの六本木にあるライブバーや、住まいの近くのサウナ、プール、そして、本郷や谷中周辺の名所めぐりや芸大をはじめ都内の大学散歩といった気に入っているスポットやコースの私なりの楽しみ方を、経営者達に話すと、それぞれの「馴染みスポット」や、「ここが見所」を自慢げに語り始めた。
「小金井テニスコートの土の質、上野奏楽堂のチェンバロの音色は!青山のスポーツジム、桧原の温泉、谷中朝倉彫塑館の猫がリアル、岩崎弥太郎の洋館は、朝倉天心公園から蛇道への道、江戸川の河川敷、モンテス・アルファワインの専門店、多摩湖の周辺のコース、深川の老舗のそば、原宿のマッサージ、銀座のシアター、ジャズクラブ、・・」と、あふれんばかりの情報が飛び交った。自ら創業し、上場した経営者達は、さぞかしリッチな所で時を過ごしていると思われるかもしれないが、案外、移動時間の少ないそれぞれの近隣エリアスポットを上手に探索し、出かけていた。せっかくの休日に車の渋滞に巻き込まれ、イライラしていたのでは精神的な疲れがたまり、何の為の休日なのか解らなくなってしまう事もあるが、どんな所でも楽しめる探究心と遊び心を持っているということも共通している。
それぞれの経営者は、時間パフォーマンス、移動時間ストレスのない自分にとっての質の高い至福の時空を、その時々の状況に応じ、選択できるいくつかの馴染みの「あそこ」が、人生をリ・ジェネレートしている。
OFF時間での、遊びや趣味にたけた人は、話しも面白く、幅広い視点を持っている。
以前、何度かパーティでIBMの椎名さんを中心に人が集っているシーンに出会った。
椎名さんは、遊びから宇宙まで実に話が多彩で、顔面笑顔で豪快に大声で話されるので、笑いの耐えない人の輪ができる。椎名さんといると楽しいので、人が自然と集う。そして、様々な情報が椎名さんに集まるから、発想が益々豊かになるように思う。
我々が、今いる[knowledgeSociety]知識社会は、知識の根源となる「興味」によって、様々な世界とコミュ二ケートしている。そして、自らの興味によって得たプライベート「OFF情報」が、大きな価値をもたらす。日々の人生をいつも“ときめき”ながら、過ごす「お気に入り場ブックマーク」が、いつのまにかONの世界に生かされ、いい循環になって、未来のありかへの曙光がさす要因になっていく。

投稿者: 吉井 日時: 18:13 | パーマリンク
第74回 クライシスマネージメント
2004年02月01日
企業は、環境に適応しながら生きていく生き物である。外部環境の変化に適応できない企業は、やがて必ず衰退の一途をたどることになる。最近、BSEをはじめ、鳥インフルエンザ、鯉ヘルペスといった感染病の情報で外食産業に激震が走っている。マクドナルドの価格破壊戦略や国内の狂牛病騒動を乗り越え、デフレ経済の勝ち組みとして、外食産業の雄である吉野家ディー&シーにしてみれば、劇的な災難である。吉野家の安部社長とは、以前から面識があり、今回の米国狂牛病騒動は、私にとっても気になる事態として心痛い思いであったが、一連の報道がされた後の対応があまりにも早く、カレー丼をはじめとする多くの新メニュー提供や、オペレーション時間の変更等に、正直驚いた。話を伺ってみると、前回のBSE騒動の経験から、米国でも狂牛病が発生することを想定して、「危機管理マニュアルを作成していた」とのことであった。そのとき起こりうる、様々な事態を予測して、商品開発、仕入れルート開発、物流、オペレーション、人材ローテーション、IR、マネージメント体制、etcといった様々な内容のシナリオを議論して策定しており、社員の対応も迅速であったようだ。心配をさせまいとの配慮もあるのだと思うが、社長自身は、困難の時ほど気が入るとのことであった。
しかし、米国産牛肉の輸入禁止は吉野家にとってみれば最悪のシナリオであり、経営者の手腕が問われるが、現場のアルバイターとして入社してから社長まで、異例の昇格を重ねて上りつめた『ヒーロー』として社員を始め、多くの人に親しまれている名経営者だけに、何とか危機を乗り越えて欲しく弊社メンバーも心から願っている。(皆でおいしい朝飯やカレー丼を・・)
吉野家の牛丼だけに限らず、他の会社にも多くの影響を及ぼした今回のアクシデントは、一業態でしかも商品を単品に絞った量販の業態経営の、危うさを露呈することになってしまった。
今後の選択と集中企業経営のあり方を考えさせられる思いがする。

投稿者: 吉井 日時: 18:12 | パーマリンク
第73回 「夢」
2004年01月01日
新たな年を迎え、皆さん今年はどんな「夢」を抱いて新年を迎えましたでしょうか?
ある小学6年生の作文を紹介します。
「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。
そのためには、中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。
活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳の時から練習を
始めています。三歳から七歳までは半年くらいやっていましたが、三年生の時から今までは三百六十五日中三百六十日は激しい練習をやっています。
だから、一週間で友達と遊べる時間は五、六時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。そして、その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。僕が自信のあるのは投手か打撃です。
去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、ほとんどの投手を見てきましたが自分が大会ナンバーワン選手だと確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン三本を打ちました。そして、全体を通した打率は五割八分三厘でした。このように自分の納得のいく成績でした。だから、この調子でこれからもがんばります。
そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一つです。とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。」
愛知県西春日井郡・豊山小学校六年二組・鈴木一朗。
そうです!!大リーガーとして47億の契約更新をしたあのイチローの小学六年時の、
作文です。
夢に本気で向き合い、すべてをかければ夢は、叶う・・
本年も宜しくお願いします。

投稿者: 吉井 日時: 18:12 | パーマリンク
第72回 これからの「経営者像」・・
2003年12月01日
経営者には、創業オーナー経営者と雇用されたサラリーマン経営者がいる。 創業オーナー経営者は、株式の多くを所有し、主要な意思決定を行なう。一方、サラリーマン経営者は、資本と経営の分離により、自社株のシェアは所有せず、経営の意思決定を行なう専門経営者である。創業経営者は、創業時から、何から何まですべて自分でやらざるを得ないので、結果的に会社の全機能に精通する。反面、サラリーマン経営者は、一部門の専門化された道を歩み、出世に価値をおいた調整型社長になるので、経営全般を知る機会が少ない。また、創業者の姿を踏襲したクローン型経営スタイルになりがちである。経営者のミッションは、最終の意思決定にあるが、担当役員任せで全体の経営バランスが崩れ、不幸を招いてしまうケースが、最近後をたたない。経営者が変わるということは、環境変化に対し、常に変化、進化しつづけるために交代することに意味や価値があるという認識が、足りないのかもしれない。
創業オーナー経営者の多くは、個人のお金によって会社を立ち上げ、その後、個人保証を銀行に求められ、個人と会社が一体となり、会社の痛みも喜びもすべて自己のものとなる。こういった創業経営者達は、会社の現状の痛みや危機意識を誰よりも持ち、「不確実な明日に向かって今、何をなすべきか」を考え、自らの全存在を賭けた決断をする。結果、これが戦略的意思決定の本質となる。「戦略的」とは、与えられた問題に対して解決を図る「戦術的」アプローチではなく、自ら問題を創り出し立ち向かうことに、その本質がある。
今から、45年前、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と、リクルートの創業者は社員に語りかけた。そして、今日、多くの企業家精神を持った人達が、自ら変化を求め、新たな可能性に果敢に挑戦している。彼等は、「会社とは、創るもの、創り上げていくもの」と語っている。また、サラリーマン型社長として、今や誰しも認めるカルロス・ゴーン氏は、専門経営者の域を出た創業経営者シップを持つ素晴らしい実績を上げ、実業家となった。ゴーン氏は、コアバリューを明らかにし、明解なビィジョンを描きシンプルな目標を設定し、解かり易い自分の意志をもった言葉で説明する。常に競争相手よりも早く、新しい環境に組織を適応させ、前進させていく変革者である。変革するには、創業マインドをもって不退転の覚悟で、前進しなければならないことを、実践で示した。
変革の時代、出世を求め仕事を管理する調整型サラリーマン経営者でない、創業精神を持った創業型経営者が、これからのヒーローとなる。

投稿者: 吉井 日時: 18:11 | パーマリンク
第71回 日本美術界の変革リーダー
2003年11月01日
時々、東京の下町が好きで、谷中に散歩に出かける。谷中に、小さな六角で出来た奇妙なお堂のある「岡倉天心」という名の公園がある。以前から、六角堂と岡倉天心という名前の由来が解からず気になっていたが、10月の連休に出かけた際、茨城の五浦海岸で思わぬ出会いがあった。
今から100年程前、フランスでエコールドパリ、日本では五浦(いずら)時代という近代の美術の礎を築いた黄金期がある。この時代に、横山大観、下村観山、菱田春草、等をはじめ、日本を代表する画家の傑物達が同じ時代に育っている。その背景には、1889年、東京美術学校(今の芸大)設立時、初代校長として若干27歳で就任した岡倉天心という人がいた。岡倉天心は、古くから受け継がれた日本の美術の伝統を大切にしながらも、西洋画の技術や画風を取り入れようと試みた。しかし、当時岡倉天心は、反支流と見なされ、美術学校の学長職を辞し、茨城の五浦海岸に居を移し、日本美術院を設立した。そして、岡倉天心を師と仰ぎ、五浦に集ったのが、横山大観をはじめ、下村観山、菱田春草、木村武山といった当時の若者達である。ここで、岡倉天心の思想の影響を受け、「空気」を描く画風が生まれた。中でも、「流燈」などをはじめ日本美術界の宝と言われる作品を多く生み出されている。その後、五浦時代の画家達は、それぞれ名声を高め、日本画の改革者として、今日の近代日本画の道を示した。
天心の晩年、五浦海岸で海の最もよく見えるところに、六角の六角堂を建て、よく太平洋を眺めていたようである。英語が堪能だった天心は、日本美術院を運営する傍ら、アメリカのボストン美術館からも中国、日本の美を広める役割を担っていたが、51歳の若さでこの世を去った。その後、弟子達がこの天心の思いを語り繋ごうと、以前天心が創設した日本美術院のあった跡地谷中に「岡倉天心公園」とそのシンボルとして「六角堂」を建てたのである。
いつの時代も、新たな変革が行なわれる時、強烈なメッセージを伝えるリーダーがいる。そして、そのリーダーの思想を表現するエネルギー溢れる若者達がそこに集い、競い、新たなバリューを創造していく。歴史は繰り返され、今、私たちは、大きな時代の大転換期に居合わせている。

投稿者: 吉井 日時: 18:10 | パーマリンク
第70回 移転
2003年10月01日
創業以来慣れ親しんだ本社を、池袋から銀座へと移転した。1995年4月。
先人の手本とするビジネスモデルはないが、インキュべーションを事業として、なんとしてもやろうとの思いで、スタートした。
1996年6月、上場する企業の社長から「上場記念パーティの主賓スピーチを」と懇願された。銀行の頭取をはじめ、各界の先輩達を前に私がスピーチすることは、任ではないと申し上げたら「16年前、【企業は人なり】とあなたが、私に説い、それを私は実践し上場した。だから、あなた、なんだと・・」熱い眼差しで、私の仕事の意味と自社にもたらした価値を説明してくれた。
改めて自分のレゾンデートルを、脳に打ちこまれる思いがした。そして、今、20社を超える企業をインキュベートし、日々の成長を支援している。また、起業家マインド旺盛な方々が当社を通じインキュベーション先の企業をはじめ、多くの成長企業へと参加し活躍している。
私は、会社を創る際、会社は人間が幸せになる為の舞台であると考え、「人と企業のインキュベーター」を当社のコンセプトにした。創業以来、この思いを形にすべく、試行錯誤の連続での9年目の2003年、政治も経済も企業も人も大変革の今、当社の事業は「天の時」を迎えた。そして、創業期のパートナーと共に築いた事業に、志を共にした頼もしい限りのメンバー達が参加し「人の和」が揃い、後は「地の利」を得れば、大きな飛躍できる予兆を感じ本社移転の決断をした。人の集う日本の中心地銀座は、様々な事業や文化の発祥の基点でもある。今の数百年に一度の変革期に、これまで培ってきたknow how、know whoを生かし、第二の創業と捉え、メンバーと共に決意を新たに、「人と企業のインキュベーション」に、誇りを持って、全力を尽くし、夢を掴んでいきたい!!

投稿者: 吉井 日時: 18:10 | パーマリンク
第69回 お盆
2003年09月01日
例年、お盆には祖先の墓参りに欠かさず行っている。子供の頃から、夜の墓参り提灯を持った人々が描く光の河を目にした時が、私にとってのお盆となる。そして、墓参りの後、親族と顔を合わせると、枝豆と冷えたビールで話が盛り上がる。8月13日の夜、「経営者っていつも叱られてばかりで、かっこ悪い、叔父さんは何で経営者をやってるの?」と姪から訊ねられた。TVの中で頭を下げ、うなだれている今日の経営者の姿は、確かに哀れをとどめ経営者が尊敬されない、若い子達から見るとかっこ悪い時代を迎えているのかもしれない。こういった現状が、元気のない今日の日本の一因としたら、経営者は「ノブレスオブリ-ジュ」(逃げも隠れもしない責任能力)で立ち向かっていかねばならないと、改めて考えさせられた。そして、親族とのお盆での昔話に、気づいたことがある。会ったことのない祖先の方々が発したと思える「言葉や訓え」を、永い年月を隔てても父の言葉として今日まで大切に語り継がれ、先祖代々のDNAを感じる思いがした。
仕事柄、これまで多くの成功をおさめた経営者と出会い、共通して感じることだが、自らの過去、体験、感じたこと、そして、自分の成功法則などを見事に明解な言葉で語る経営者が多い。力をもった明解な言語は、瞬時にその経営者の経営感や人格、人間力を、人の心に響かせ魅了することがある。
経営者は、「ビジョンの構築と理念の明確化」、「戦略的意思決定」、「執行管理」が、役割であるといわれている。「不確実な明日に向かって、今何をなすべきか」を決断し、それを実現へ導くことがトップの仕事だが、それを伝える戦術アプローチや技術がなければ現場は動かない。そして、その導線は、「言葉」にある。経営者が語る理念に裏付けられた言語は、自らのふつふつと内側から生み出される魂の叫びであり、自らの全存在を賭けた「決断」への「エネルギー」となり、行動を促す。
言葉は時に、時空を超え、企業の生き様として、理念や物語になり、風土やスピリッツとして育ち、多くの人々の指針となって組織を動かしてゆく。
今年のお盆は、惑わされることなく生き抜いてきた先人達の「生きる叡知」が、生命を持った言葉となって継承されていることを改めて感じた。
そして、忘れてはならない「祖先の先輩たちの訓え」を迎え火によって語りかけられた気がした。

投稿者: 吉井 日時: 18:09 | パーマリンク
第68回 企業の栄枯盛衰、今や2年
2003年08月01日
「私は豆腐屋になりたい」とソフトバンクの孫さんがいっていた頃、多くの豆腐屋さんが日本に誕生していた。その意味は、時価総額での、会社の株価の総額が億ではなく、1兆、2兆と兆(丁)というアンビションだった。当事、ソフトバンクの株価は、19万8000円を付け、数兆円の時価総額ベンチャー企業として注目を浴び、アメリカのタイム誌の表紙に、自信に満ちた孫さんの笑顔が登場していた。しかし、昨今の株価は、1000円台まで下落し、今では3500円となっているものの当時の勢いは全く感じられなくなってしまった。 ソフトバンク社に関わらず、つい数年前には時代の寵児ともてはやされていた企業が、一転して転落してしまうケースが後を絶たない。最近の企業の栄枯盛衰周期が、極めて短くなってきている。企業の栄枯盛衰には、アンビジョン(Ambi-tion=大志)、サクセス(Success=成功)、アロガンス(Arrogance=傲慢)、ディクライン(Decline=衰退)と4つの段階があるといわれる。特に時代の先端を行く業界では、その変転が、著しく速い。例えば、NTTドコモなどは、類のないほどの急成長を遂げサクセスしたと思ったら、いつの間にかアロガンスになり、成長イメージが見えなくなり、株評価は更にダウンするのではないかと危惧する声もある。ここ5~6年の企業の動きを見ていくと、日本も世界市場の流れも、2周期ごとに企業の栄枯盛衰が2年サイクルになっていることが見えてくる。仕事柄、永年多くの創業経営者と出会い、企業の大志→成功→傲慢→衰退という4段階の転変を目の当たりにしてきた。
企業に傲慢体質をもたらすのは経営者自身よりも、得てして役員、マスコミ、内部組織などの取り巻きから、牙城が崩れ、崩壊してくることが多い。 早く衰退する企業には共通項があり、衰退を招くのは“覇者の騎り”からくる傲慢である。デフレ時代の今、成功者が少ないので、すこし誰かが成功すると新聞、雑誌、テレビ、などのマスコミが一斉に群がり、芸能人の如くスター化させ賞賛を浴びせる。それで経営者も幹部社員も自分を見失って傲慢になり、危機感が薄れ実力を錯覚し、なすべきことをしなくなり自爆してしまうのかも知れない。
事業で大切なことは、継続する力である。創業時の企業DNAを守り、顧客との接点に向かい、PLAN、DO、SEE、を愚直に繰り返していくしかない。そして、そういった中から、“成功の癖”を身につけることにある。全ての業界、企業によって勝ちつづけているその癖は異なっている。簡単に登頂した山は、簡単に降りられると同時に、誰でも短期間で登ってくる。一つの山を登ったら、その登り方の癖を身につけ、それを踏み台に、今の時代は、2年サイクルで足場を固め更に連鎖した山を登る感覚で進まないと癖は埋没してしまう。 いつの時代も、どの企業も信念を持ったリーダーの基で、邁進する一人ひとりの汗が、他社の追従を許さない業界ナンバーワンになる力となっている。

投稿者: 吉井 日時: 18:08 | パーマリンク
第67回 「勝ち組」は「価値創造人」
2003年07月01日
「1136万人」昨年なんと、年間に就職、離職、転職(アルバイト、パート含む)、をした人の総数である。このうち542万人が、企業間を異動したと、厚生労働省から発表があった。仕事人の10人に1名が、転職したことになる。信じがたい事実である。
「二極化」の時代といわれているが、転職でも「勝ち組」と「負け組」が、はっきり分かれ、転職によって物心ともに成功した人達は、「自分をプロデュースしてゆくにはどういうポジションをとってゆくのか」そして、「自分のリソースは○○で、市場価値は○○だと、そんな自分のステージを生かせる企業を、紹介して欲しい」と、当社に明快なオファーを、送ってくる人が多い。
一方、企業間においても「勝ち組み」「負け組み」がはっきりし、勝ち残るのは一位、2位の上位群となり、変化に対応できない能力のない企業は淘汰される。まさに、サバイバル戦争に拍車がかかってきた。また、成熟した業界では、価格の二極化が進み、「高い商品」と「安い商品」に分かれ、それぞれ売れているが、その中間価格帯のものは売れない。 とはいえ、安ければ何でも売れるというのではなく、安いなりの価値がなくてはならない。その逆に、高くても価値さえ認めてくれれば、売れる商品に育っていく。相変わらずルイ・ヴィトンやグッチ、シャネル、などの海外製のブランド品は右肩上がりで売れている。その一方で、ユニクロの商品なども、安さのわりに品質がいい。マスコミは業績ダウンといってはいるが、400億の経常利益を上げるほど売れている。要は、高いものは高いなりに、安いものは安いなりに、価値を提供すれば売れる時代だ。
これまで価格は、原価に利益を上乗せして決められていたが、いまや、価値によって価格が決まっている。たとえ原価が500円でも、消費者が300円の価値しかないとみなせば、それ以上の値段では売れない。
個人の年収においても、前年収や現在の生活水準原価から転職時に希望しても、市場価値、そして企業にどれだけの価値を提供できるかによってコミットされる時代となった。 企業経営でも、個人でも、肝心なのは、その価値をどうやって創造するかにある。市場調査ではニーズは発見できても、価値ある商品、能力、スキルは生まれてこない。市場調査からは、過去以上のものは出てこない。
下駄しかない時代に、どんな下駄を履きたいかと調査したところで、桐や黒檀、という答えは返ってきても、エアーシューズという発想は出てこない。あるいは馬車しかない時代に、車を考えつくはずもない。しかし、もしそれを商品化できれば「こういう商品が欲しかった」と消費者は飛びつく。これがウォンツであり、本当の意味で価値と言えるものだ。 これからは価値を生み出すことが、企業の使命であり、価値を生み出せる人材を時代が求めている。そのためには、普通では見えない変化を見る魚の目(流れをみる目)をもって、その変化を読み取り形にする努力を愚直に継続することである。
「価値を生む人」・・これからのワードである。

投稿者: 吉井 日時: 18:08 | パーマリンク
第66回 平成維新の予兆
2003年06月01日
ゴールデンウィークに、明治維新の原動力になった長州藩の中心地、山口県の萩に行ってきた。幕末の時を観てみたい思いと、人口5万にも満たない小さな田舎町で、倒幕を果たした高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、村田蔵六をはじめ、何故同じ時期に同じ地域であれだけの傑物が出現したのか?その背景を知りたく訪ねてみた。萩には、いまだに当時の歴史を感じる塀が街並に残っており、萩焼きの店が何処にいっても目に入り、街の人々は誇りを持って凛として暮らしている独特の風土を感じた。 時代を変革した発祥の地としての文化と誇りを持って生活している人々の姿は、古き「日本人」を観る思いがした。 当時、薩摩藩の西郷隆盛、桂小五郎、坂本竜馬が集い、薩長同盟を結ぶ場となった旅館が、まだ現存しているとのことで訪ねてみた。 その旅館の女将に、「何故この地に当時、こんな傑物が生まれ育ったのか?」聴いてみると、「それは、毛利家の歴史背景と二人の人物がいたから」とうれしそうに教えてくれた。 その一人は、1857年に私塾松下村塾の塾長として、高杉晋作、久坂玄瑞、吉田稔麿、伊藤博文、山県有朋ら約80人の門下生に、人間の生き様、思想、行動といった大志を打ち込み、勤皇の教育・啓蒙によって倒幕の大きな息吹を創った吉田松陰先生であると、誇らしげに語ってくれた。驚いたことに今でも毎朝、地元の明倫小学校では、吉田松陰の訓えを唱和しているとのことであった。その後、やがて100歳を迎える京都大学の創立に繋がったのだという。 そして、もう一人は、「白石庄一郎という赤間神宮の宮司」であると・・この方は、高杉晋作に屋敷や活動費を支援し、これによって奇兵隊がうまれ、この活動が長州の大きな起爆となり原動力となって時代を動かした影の立役者とのこと・・今の時代でいう、エンジェルもしくは投資家にあたる存在と思える。高杉晋作は、奇兵隊の存在は白石さんがいなければありえなかったとのことをよく語っていたという。
「理念を持った人」と「志ある人を応援したい人」との出逢いが、大きなメッセージを持つエネルギーとなり、大志を持った人が集い、国を変革した。
その後130年の時が流れ、変革世紀を迎えた今、日々の動きの中で歴史の事実が繰り返される予兆を感じる。

投稿者: 吉井 日時: 18:07 | パーマリンク
第65回 リーダー
2003年05月01日
「変革」が、時代のキーワードとなった。組織を変革するには、最も重要な要素はリーダーである。勝ちつづけている組織は、管理運営されてなく、リーダーによって導かれている。桜が満開の4月14日ホテル新潟で、20年来公私ともに親しくさせていただいていた福田組社長の福田実さんの葬儀があった。福田さんは、新潟のゼネコンのトップカンパニーとして、4000億のグループのトップであり、経済界のリーダーでもあった。成熟した業界で、常に事業変革にチャレンジし業績を伸ばし、最近ではトヨタ生産方式による業界初のコストリーダーシップを取り、話題を呼んでいた。 福田さんは、100年の歴史ある企業体質を、生産性の高い変革スピリッツによって第三期創業時代として会社を大きく創り変えた。 福田さんの理念は明解で、ビィジョンを描きシンプルな目標を設定し、結果を公平に評価し、きちんと説明するので、皆が安心してついてきた。そして、常にどの競争相手よりも早く新しい環境に組織を適応させ、前進させていく変革者であった。ITを活用し誰からもよく見える体制を創り、入院した病院からも亡くなる直前まで、自らメッセージを各位に送り問題に取り組んでいた。幹部や社員のやった仕事を管理するだけの経営者が多い中で、数千億を超える企業経営者としては異彩だったかもしれない。また、「トップは日々、顧客からも、取引相手からも常によく見える存在でありたい、だから社長就任にあたってパーティでなく直接こちらから挨拶して回りたい」と現場を歩き回った。以前、亀戸の複合商業施設のサンストリートを紹介した際、「誰がどんな思想でこの施設を創ったのか」と熱心に尋ね、そのプロデューサーと面談を私に求め、共に会食したこともあった。福田さんは、いつも少しはにかんだ笑顔で、率直に、相手の知性に敬意を払い正直に意思表示していた。数年前、私が招待したミュージカルを観た後に論評してこられ、議論したことがあった。自分の真意をあいまいにごまかす表現や二枚舌は決して使わない人で、真意を伝える大切さを学んだ思いがする。
そして何よりも、指導者には「情熱」が不可欠であり、毎日、毎時間、勝つために部下や仲間を駆り立て、「情熱」を愛することが大切なんだと、そして、人は皆、勝者になる為に働き、勝ち組に入りたいと思っている。「勝とう、実行しよう、チームを組もう」「理念を持ち、ビジネスとは勝つことを目指した競争であり、実行するには速いスピードと効果的にこなせるだけの技量が必要である。そして、組織として統一的に明快に前進しなければならない。」ということを、語り実際体で示してくれた。
私にとって、親しい付き合いの間柄にも関わらず、常に緊張感を与える存在であり、自分のもっている上質の情報を伝えたくなる人であった。リーダーが不在の昨今、惜しいリーダーがこの世を去ってしまったが、福田さんの蒔いた種と残したDNAを大切に育てていきたい。

投稿者: 吉井 日時: 18:06 | パーマリンク
第64回 ターンアラウンド
2003年04月01日
「企業再生」が、時代のキーワードとなってきた。組織を変革再生するには、最も重要な要素はリーダーである。企業が深刻な経営危機に陥った際、「ターンアラウンド(再建請負人)」として、経営を立て直すプロ経営者に、最近注目が集まっている。例えば、ナビスコ、IBMを復活させたルイス・ガースナー氏、日産のカルロス・ゴーン氏、国内では、日本電産の永守重信氏は、その道の第一人者といわれている。過日、永守さんにお会いした際、22社の企業再建に剛腕を発揮した秘訣を尋ねると、「再建の成否、3年が目安」であるとの話から、これまでの企業買収し、再建してきた経験から「第一に、誰が再生に当たるか。日本にも経営のプロはいるが、企業再生は別物。強風下で飛行機を操縦するようなもの。安全に着陸できる人はごく限られる。並外れたエネルギーと能力が必要だ」「私は買収した会社の個人筆頭株主になり、失敗すればすべてを失う覚悟で再建に打ち込んでいる。誇りや金銭的な動機だけではなく、再建への使命感を持てば成功する」また、「すでに集中治療室に入っていて、ひん死の状態では再生など無理。売り上げ不振や新製品の欠如、海外進出の後れなどいくつも病状を抱えていてはどんな名医でも治療できない。債務の削減や売り上げ増、黒字化など三年程度でメドがつく企業でなければやらない」「私は買収するかどうかを短時間で判断するが、目利きの最大のポイントは技術力。陳腐化せず今後の事業に生きる技術を持っているかどうかを見極める。社員が怠けて働かないといった問題は一、二年で解決できるが、技術力を蓄積するには十年はかかる」「不振企業の社員は給料分も働いていない。私は買収した企業の社員にハードワークを求め『赤字は悪だ』と徹底的に意識を変える。給料分だけ働くのは過重労働ではない。当初は抵抗もあるが、一、ニ年で損失を処理し業績が上向けば意識は必ず変わる。反面、「集中治療室に入った企業は,つぶした方がいい。懸命にやっている企業の足を引っ張るからだ。今はデフレの上に過当競争。オーバーサプライ(供給過剰)が続けば健全な企業も国際競争力を失う。」
「再生にはスピードが問われる。企業は生鮮食品のようなもの。得に今は腐り方が早い。立て直すなら早いほどいい」・・と歯切れの良い迫力溢れるトークに余韻が残った。
多くの日本の経営者は、年功序列組織の中で、上から引き立てられ社長になった人がほとんどである。そうしたCEOは前任の決定を覆すと、永年仕えた主君を否定し、裏切ることになることから、大胆な企業変革が出来ない。「伝統の承継」だけでは、会社が立ち行かなくなる。ターンアランド「再建のプロ経営者」の活躍が、今後益々求められている。

投稿者: 吉井 日時: 18:04 | パーマリンク
第63回 利益の創出
2003年03月01日
今月、上場企業の多くが決算を迎える。昨年、東証に上場している1507社の全企業の2002年損益を、足し合わせると、9,669億赤字になった。何故、利益が出せないのだろうか? 赤字経営者の方々に、話を伺ってみると環境の激変、競争激化、市場飽和といった要因をあげる経営者が多い。しかし、こういったことは、いつの時代も、どの企業も出あう必然の事態である。解決の手立ては、環境変化に素早く対応し、利益を出せる経営ができるかどうかにかかっている。「理念、ヴィジョンを描き、価値あるコア・コンピタンスを確立し、顧客の利益接点にすべてを集中すること」によって、自社の競い合う事業分野の中で、ひたすらナンバーワン、もしくはオンリーワンを目指すこと。これが、結果として利益を生み出すことへとつながる。 過日、転職情報サイト運営会社のエンジャパン越智社長に、お会いした際、「どうしてそんなに利益が出るのですか?」と訊ねると、「売上数字は全く追いかけていない。」との言葉が返ってきた。「ただ、ひたすら、「職縁」という理念を持って、転職された方に企業で活躍して貰う為に、企業側に情報開示を正確に求め、求職者が求めている情報を徹底的に提供し尽くそうと思ってやってきた。特に、一社一社取材し、専門のコピーライターが原稿を作成し「取材者の印象」や「職場を動画ムービー」で閲覧できるようにしている。そして、値引きなしの定価販売で、どの企業に対しても、同価格で同レベルの情報サービス提供している。質のNO1を目指し、量を追求しない“不良品を出さない”経営を展開している。」とのことであった。現在同社は、売上31億、経常12億、時価総額120億という脅威的な数値を創生している。
越智さんの経営は、自然体で正直な姿勢での理念が大きなエネルギーとなって、理念を共有した社員によって組織がまとまり、効率的な資源や能力が整った企業活動ができ、利益を創造していくことを示している。
どのような環境変化が起きても、利益を生む基本は、いつの時代も変わらない。

投稿者: 吉井 日時: 17:52 | パーマリンク
第62回 ユビキタス情報社会
2003年02月01日
過日、自分の名前をネットの各種の検索エンジンにかけてみた。同性や同名の他人に混じって、自分自身の情報が数百件見つかり、驚いた。講演や会社情報、新聞パブ、そして知人のイベント協力情報、各種団体の参加仕事情報に登場している。ひょっとするとと思いながら身内を検索してみたら、驚いたことにある同好会の中に登場していた。プライベートな内容までと考えると、ぞっとした。 1995年頃のネット黎明期の頃は、情報を見てもらうだけのサービスだった。最近では急速にインフラが整い、そして機能が増え、いつでも何処でも誰でも様々な情報を、コストをかけずに入手できる「ユビキタス情報社会」(ユビキタスとは、ラテン語で神はどこにでも遍在するという意味)がやってきた。便利である反面、「このサービス、こんな使い方すると、こんなことできてしまう」と、セキュリティの視点でドキッとする場面が時々ある。ネット利用者は爆発的に増え、作り手側の「こんなふうに使って貰いたい」といった勝手な解釈はいっさい通用しない。一度事故が起こったら、信頼を失うのは簡単な社会になった。 今、どの企業も、ネットの危険性に直面している。とくに、知名度の高いサービスや会社ほど、何か問題が起こった時の反響は大きい。 便利な面ばかり追求することなく、サービスやシステムを、良く検証し、そして取り入れていかないと大変なことが想定される。 「2チャンネル」のことは皆さんご存知だろうか? いろんな【族】が、様々な企業に向け、いろんな造言を書き綴っている。その内容が事実かどうかは別にして、実社名入りで書かれた企業は、大きなイメージダウンとなる。情報が真中に位置し、大きな力を持った今日の社会は、利便性とリスクの両面を有している。また、小が大に挑めるこれまでにない、大きなビジネスチャンスの時代でもある。 今日の絶好のビジネス機会に向けベンチャー企業は、個人情報を頂けても、安心して自社のサービスを利用してもらえる目線からひとつずつリスクをヘッジし、マーケットインから、ビジネスモデルを構築していくことが求められている。

投稿者: 吉井 日時: 17:43 | パーマリンク
第61回 変革の世紀へ
2003年01月01日
新たな年を迎え、皆さん今年はどんな「志」で望まれただろうか?
昨年は、株価8000円台、金融再編、大手企業の経営破綻、ナスダック撤退、デフレ継続、拉致問題etc・・と21世紀の訪れは未だ閉塞感の中にあった。企業間においては、主役の座が入れ替わり、目前の変化を、ビジネスチャンスに捉えた起業家や、支援してゆく仕組みやインキュベータ-が数多く生まれた。 昨年の年末12月20日ベンチャーリンクの小林会長が、突然業績不振を理由に辞任した。小林さんとは、20年来の知人でもあり、ベンチャー企業待望の昨今、彼が辞任することは、残念な思いである。以前、互いのインキュベーションの在り方を議論した際、私とは違った視点からのアプローチに共感はできなかったが、小林さんが与えた社会へのインパクトは大きなものがあり、彼の残した実績を最後まで仕上げて欲しかった。
最近、至るところで行政を始め、民間組織でベンチャー支援が行われている。ベンチャー起業家やそのスピリットを醸成するというより、手っ取り早くインキュベート(培養)し、途中から、起業家の意志とは離れた利益を求める風潮や手段に走っていることが気になる。
本物の成功者達は、培養された企業(起業)ではなく、したたかで足腰も強く胆力を持って、自己責任で経営を推進する経営者と強いチームマネージメント陣によって構成されている。頑固な理念を持ち、少ない資金を積み上げ、夢と現実の狭間に苦しみながら問題解決の連続から社会に根ざしてきたからである。ここ数年前まで、勘違いする投資や、過大評価を与え、本人の意志と違ったところでフィールドが膨張してしまうケースが数多く見受けられた。こういった一連のベンチャー企業の挫折や支援会社の衰退も、大手企業の失態も、共通した原因によるものと思えてならない。 経営は、決断と実行の連続である。経営を掌るリーダーが、自らの理念で意思決定(決断)し、「すべての責任は自分にある」と心底思っていなければ、他人任せの経営者不在の経営になってしまう。今、多くの経営者が陥っている要因は、決断する経営陣不在であり、その基準値が不透明な状況にあるからだ。未来社会は、ますます「真ん中に情報と知識」が存在し、「個人の存在や力」に注目が集まる。そして、それは同時に個人に責任が生じることでもある。
これからの経営は、指揮でなく「情報が変革の原動力」となっている現実に気づき「個々人が新たな担い手」となって表舞台に登場している事実を直視することにある。そして、パートナーのモチベーションが最高に良い状態を創造し、維持しなければならない。
変革の世紀の今、100年続いた組織概念でない新たな情報モチベーション組織で、2003年のスタートを切ってゆきましょう!!

投稿者: 吉井 日時: 17:42 | パーマリンク
第60回 ニューブリード
2002年12月01日
激動の2002年も残すところ一ヶ月、経済界は相変わらずデフレから出口の見えない一年となった。例年この季節に、芸大祭や上野美術館で開かれる日展に足を運んでいる。(多忙な皆様方に、何を呑気なことを・と思われるかもしれないが・・)日本中から集った若き芸術家の卵達のおりなす芸大祭は、毎年新鮮な発見と感動を与えてくれる。特に今年の芸祭は、感動の出会いがあった。これまで見たことの無い画風と遠近感溢れる完成前の風景画に、心惹かれ、作者と会ってみた。29歳の目元涼しい青年芸術家は、「ボーボリ庭園」をモチーフにしたという作品への思いを、力強く説明してくれた。話を聞きながら、春先の穏やかな季節に、「庭園」を散歩しているシーンを感じ、未完の作品であるにも関わらず、仕上がった画面が見える気がした。 この作品を身近な人達に見て欲しい衝動に駆られ、本人にそれを伝えると快く譲ってくれ、今では会社に飾ってある。来社した人達は、一様にこの作品に近づき「絵だ!!」と驚いている。この感動が媒体となって、話が弾み元気な会話を創造してくれている。
一方、ここ数年、社会人の日展作品は、残念ながらインパクトのある個性溢れる作品と出会うことが少なくなって来た事に寂しさを感じる。
年末になると経済誌を始め、各新聞社はきまって、今年の勝ち組み、負け組みの特集を組む。今年の勝ち組みの多くは、ベンチャー企業が大半であり、オールドエコノミー企業郡は、一部を除き負け組みになっている。
偶然の一致かどうか解からないが、芸術の世界も経済の世界も新たなことに果敢にチャレンジするニューブリード(新しい世代)が、元気だ。
カオスとデフレの延長の2003年に向け、一旦自身のオールクリアボタンを押し、新たなブリード目線で「思いをかたちに」するデザインをしてゆきたいものである。

投稿者: 吉井 日時: 17:42 | パーマリンク
第59回 「桧原村」
2002年11月01日
過日、東京の秘境といわれている桧原村にいってきた。運良く年に一回の柏野木神社祭礼の日に出会い、村の皆さんと共に、伝統的な舞いを見る機会に恵まれた。隣に居合わせた女性が、「あの壇上で舞っている男の子は、家の子で今年の代表で選ばれたんです!」と誇らしげに説明してくれた。村では永年、年一回の祭礼に向け、子供も大人も伝統ある舞いの練習をし、特定の人の評価でなく参加者全員による互選によって、晴れの舞台の参加を得る慣習があると教えてくれた。
日頃見ることのない、神楽での優雅な演舞に、忘れかけていた子供の頃の思い出がよみがえり、その頃にタイムスリップしたような時間だった。地方に育ったせいか、時々田舎恋しくなる。幼い頃、近所の皆さんがよく家に集い、楽しく世間話をしている風土の中に育ったからかも知れない。
そういえば以前、ディズニーランドの仕事に携わっていた際、毎年“The Spirit of Tokyo Disneyland“という称号を与える制度を知る機会があった。この賞は、年間パークに訪れるお客様(ゲスト)に対し、ディズニーランドスピリッツである「ハピネスを提供する」ことを一生懸命実践したキャスト(従業員)を称える賞だ。その人選は、従業員達による互選に委ね、キャスト同士が、共に働く仲間で頑張っている人を称える「recognition 」評価・認定の実践をしている。選ばれたキァストの胸には、シルバーピンの上にミッキーのロゴがつけられ、最高の名誉だ。そして、仲間たちから、称されて与えられる勲章の習慣は一つの文化となった。檜原村で見た舞に、時空を超えた偶然とは思えない共通のモチベーションスピリッツを感じた。
混沌の時代の今、人と組織の生かし合えるあり方に対して、あふれんばかりの情報や、さまざまな価値観が交錯し、憶測や悲観的観測が飛び交っている。人々はいったい何を信じ、来るべき時代をどう読めばいいのか・・見定め、決断してゆくことが難しく、個人も企業も変革のスピードが速まってきた。
村で見た夜空は身近で、人間と宇宙がこれ以上近づいてはならない限界のようにさえ思えた。先人達が大切にしてきた村の畑や神社を守る文化を継承している村人達の姿に、惑わされることなく生き抜いてきた人々の「心の尊さ」があった。そして、カオスの社会で生き抜くために忘れてはいけない「何か」を投げかけられた気がした。

投稿者: 吉井 日時: 17:41 | パーマリンク
第58回 ナスダックの火種
2002年10月01日
「これからの社会は、私たちを心底ゾクゾクさせてくれるだろうか。21世紀の日本人が笑顔で生き生きと喜びに満ちた人生を歩むためにどうしたらいいだろうか? 変革の時代、これまでの延長でない仕組みで、社会の意識を変え、元気な会社を一社でも多く創生していこうと・・インキュベーション事業をやることに致しました」。1995年4月、私がインターウォーズ設立時に出した案内文に綴った決意である。
1999年6月、ナスダックジャパンは、華々しくデビューした。
当日の発表会場は,多くの企業戦士達の熱気に溢れ、孫正義氏の語る未来に、新たな時代の曙光が見えた。会場にいた私は、ナスダック市場の誕生が、ようやく日本にもこれまでにないスピードと意識が芽生え、社会にインパクトを与える予兆感じた。
そして、これまでにない公開基準値と、3市場の出現は新興企業の大量上場時代の幕開けとなった。
多くの経営者たちのモチベーションは上がり、スターバックスコーヒー、有線ブロードネットワークス、パソナをはじめ98社、時下総額一兆五千億の市場が生まれた。
それから2年、今年度中に米ナスダックが日本から撤退する。
新興企業に、米国に準じた世界標準を取り入れて市場を提供し、株式市場そのものに競争原理を導入した。そして、これまで平均23年もかかる上場までの年月を短期にし、市場から資金を集めるベンチャー企業育成支援の仕組みが創生された。二年余の実績ながら、ナスダックジャパンの、これまでになかったインパクトを与えた功績は極めて大きい。首脳陣に対し厳しい批判や責任を問う声が、いたるところで合唱されている。公共性の高い証券市場を、簡単に撤退することの善悪は論じるまでもないが、舞台を創り多くの起業家に夢と希望を与え、一兆を超える時価総額を生み出したベンチャー企業支援の実績を残した。そして、私の親しくしている多くの経営者仲間もこの市場でデビューし、市場から集めた資金を活用し元気に、事業を展開している事実がある。
「デフレ!19年ぶりの株価8,000円台!倒産!リストラ!・・」いいかげん聞き飽きた。
今後、残された2つの市場に向け、現実直視しながら未来の日本をリードするカンパニーを一社でも多く、そして本物の経営者を一人でも多くデビューさせていきたい。 先進国の中で、開業率が閉業率より低い国は日本だけだが、ナスダックジャパンの残した火種を絶やさず、継承してゆきたいものである。

投稿者: 吉井 日時: 17:39 | パーマリンク
第57回 幸せの条件
2002年09月01日
過日、セミナーでの講演後、会場である企業の幹部の方が、土地の担保価値がまだ落ちつづけてたいへんだと嘆いておられた。「でも、安くなり家を建てやすくなってよかったじゃないですか!」と私が申し上げたら「?」の顔をされた。社会通念での価値観と、この方の価値観が一体となり、個人の問題として考えられなくなっている気がした。ここに【企業内個人】の不幸が象徴されているように思えた。
私は、会社を創る際、「会社は個人と社会の為にあり、共有した理念に向けて、人が自立し頑張った分だけ個人収入が青天井で確保できる舞台であるべき」と考え、人が幸せになれる会社のあり方として、個人が会社とコミットを結ぶ仕組みを実践した。まだまだ、試行錯誤の連続だが、時々「幸せの条件とは何だろう?」と気心のしれた仲間達とその条件について語り合ったり、求職者の方から質問を受けたりする度に、改めて確認している。 その条件として、まず「夢」や「志」が必要だ!・・そして何処に向かって、自分はどんな意味や価値を持って生きるのか!人生の目的がないと、幸せなプロセスを歩む人生とは言えない。 次に「お金」・・自分の夢にチャレンジするためにもある程度のお金は必要であり、家族で安心して生活できる原資がないと、幸せとはいえない。 しかし、この二つだけでも何か物足りない!!共に喜びを共感し会える「同士」が必要である。信頼する職場の「仲間同志」、「家族」や「恋人同士」や「友人同士」という喜びを、分かち合う仲間がいないと幸せとは言えない。そして、人の役にたち、社会の役にたつ存在であることがより豊な人生を与えてくれる。 「夢」だけでも、「金」だけでも、「仲間」だけでも、「人の役に立つ」だけでも駄目で、夢と金と仲間、社会貢献がそろって「幸せの条件」となる。
会社も同様であり、夢だけだと、大きな夢や志はあるが、必要な資金もなく、夢を共有する仲間もできない。 金のみだと、金儲けだけで夢もなければ、信頼し合う仲間もいなく金の亡者と化し、事件に繋がることも多い。
また、仲間だけだと、共有する志もなく資金もない、仲良し集団でやがて姿を消してしまう。 人の役に立つだけだと、気持ちは満足する事があっても、事業ではなくボランティアになってしまい存続できなくなってしまう。
幸せは、夢と金と仲間と社会貢献のバランスの中から、見えてくる。

投稿者: 吉井 日時: 17:39 | パーマリンク
第56回 祭り
2002年08月01日
日本中が興奮しまくった、ワールドカップ。にわかサッカーファンと化した私と会社のメンバーは、6月1日の土曜日に行われた、記念すべき日本での開幕戦【カメルーン対アイルランド戦】を観戦した。会場に向かう新幹線の中から、興奮したサポーターたちは、すでに戦いが始まっていた。新潟駅に着くと、そこは治外法権とも思える、いつもと全く違った熱気溢れる国際都市があった。白鳥の羽をモチ-フにしたという会場で、世界の代表選手たちの蹴るボールの行方に、5万人の放つ「叫び、怒声,ため息」はこれまでに聞いたことのない音感であった。
世界が興奮した、ワールドカップ。 2002年の夏を迎え、今回のW杯を振り返ってみると、これまでオリンピックを始めとする世界の一大イベントを体験し、70メートルジャンプの日の丸飛行隊、柔ちゃんの金メダル、Qちゃんのマラソン金メダルと興奮してきたが、今回は全く違った。
考えてみるとあくまでもテレビを前にしての観戦であり、遠く離れての興奮であった。その点、今回はスタジアムに行かなくても、日本中いたるところで沸いたWサッカー空気を体で感じることが出来た。そして、幸運にもその場で試合を観戦したことによる参加した意識が興奮を更に高め、日本戦の際は、会社で、メンバーと共にプロジェクターを使い大画面に映し出される試合に大いに盛り上がった。
友人の誘いであまり気がのらなかったが、試合の行われていない国立競技場に行って我目を疑った。そこは、5万人の観客で会場にウェーブが興り、海外からきたサポーターと日本サポーターたちが一体となって盛り上がっていた。
携帯で今日の試合を、いつ何処にいても確認できるようになった。ネット社会が到来し、一つの出来事をテレビ、新聞、インターネットを始め、コミュニケーションの手段が多様になり形を変えて情報が入ってくる。でも、だからこそライブで同じ時と場を、皆で共有して盛り上がることに価値がある。国立競技場に5万人もの人が5000円のチケットを買い、そこに試合が行われてなくても人が集った。
成長している企業は、時々お祭りイベントやキックオフをよくやっている。日本中を熱狂の渦に包んだW杯、日本経済を今後リードしてゆく企業の元気の基は、こんなところにあることを示唆してくれた。

投稿者: 吉井 日時: 17:38 | パーマリンク
第55回 起業から企業への要素・・
2002年07月01日
2002年の年頭にあたり、勝ち残る企業は、「独自のビジネスを発掘し、価値を形にした企業」そして「顧客との接点にすべての経営エネルギーを集中すること」「オンリーワンを目指し無駄を抜いたコストで、明解な商品、サービスを確立すること」がサバイバルのあり方であると申し上げた。今回は, 起業から企業へのシフトしてゆく成功要素といった視点を、お伝えしたい。
ベンチャー企業の創業時は、市場開発に特化した人材を中心に、日々顧客との葛藤の中から、独自のビジネスのモデルが創造され育ってゆく。そして、更に成長し株式を公開できるかどうかは、事業アイディアやビジネスモデルの良し悪しも大切な要素ではあるが、それ以上に「経営陣のチーム力」といったファクターが必要になる。私は、インキュベーション支援のコアソリューションは経営ボードチーム人材の確保が、事業成功の確信であると捉え、当社の人材紹介事業を確立してきた。
今日のように変化が激しいIT時代では、旬のアイディアやビジネスモデルは短期で陳腐化する。現存の企業は、既存事業の変革による延命安定収益構造にするか、継続的に新しいビジネスモデルを創造できるかしか「勝ち組」として生き残れない。つまり、組織の最適化、経営チームマネジメントという考え方を形にできる組織企業であるかどうかが、「勝ち組」になれるかどうかの最大のポイントとなる。
例えばよく事例に出されるケースとして世界のホンダを築いた本田宗一郎氏は開発拡大型人物、そして金庫番管理型の藤沢武雄氏とのコンビによる相乗効果を生み出した補完関係は、あまりに有名な話である。偶然の組み合わせによって出会ったかどうか、それとも創業時考えて出会いを求めたかはともかく、近年の公開を果たした勝ち組みの企業は、必ずそういった経営ボードで成り立っているケースが大半である。
ベンチャー企業が成功確率を上げていくためのキーコンセプトは、「コンビネーションマネジメント」つまり、補完し合える人と人、仕事と人、仕事と仕事、組織と組織を上位概念とした、組織形態の最適化、人材配置、ミッションマネジメントで成り立っている。誰と組み、共に同じ夢を求め、どんな結果を出すMission Combination Managementが、成功への王道となる。

投稿者: 吉井 日時: 17:38 | パーマリンク
第54回 上海の光景
2002年06月01日
ゴールデンウィークに、最近何かと話題の多い中国の上海に行ってきた。庶民の生活観溢れる歴史を感じる長屋空間の中に、インテリジェント高層ビルがいたるところにそびえ立っていた。街じゅう何処にいっても、工事中の高層ビルが目に入る。 外国列強の租界地として進化した街ならではの、異文化交流によって「ここは中国?」と疑ってしまうほど、建物をはじめ歩いている人達はファッショナブルで活気に溢れていた。グッチ、ルイビトン、セリーヌといったブランドショップ、戸惑うほど多くの百貨店とファーストフード店をはじめとする新業態と古くからの業が重なり、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような彩りの街として目に映った。中国の通貨は元(一元15円位)、一般の生活者が使う飯店と一部のリッチ層や観光客に対してのレストランでの価格が2重であるかのように感じられた。2000元(一月の給与)の携帯電話を上海に住む多くの人達は持ち歩き、日本のとんこつ味の「千束ラーメン」というチェーン店がいたるところに出店し賑わっていた。また、地下鉄、バス、タクシーの交通インフラは整っており、街ゆく人々は携帯を片手に、大きな声で何やら話しているシーンは迫力を感じた。
「あなたは、何を買いに来たのですか?」とHOTELのプールで連日出会った白髪のダンディな日系アメリカ人が、私に興味を持ったらしく、語りかけてきた。 今、上海の高層マンションをはじめ郊外のマンションは立てる前から完売する。買っている人達の多くは中国人とのこと。 資産を持った中国の人達は、目一杯買えるだけのマンションを買って人に貸し、その賃料で比較的安いところを借りて暮らし、差額で生活し、そしてまた資産として残してゆく。借金を払う為の、人生設計はしない。
昨年11月にWTO加盟が決定し、GNPは世界7位で毎年8%の経済成長を遂げている。今後10年でアメリカに次ぐ世界第二位の貿易大国になることは確実だといわれている。中国という市場は存在しない。それぞれの各地域が自立し、且つお互いに競争しながら独立経済活動を展開している。中国人社会に張り巡らされた「ネットワーク」を知らずしてビジネスは出来ない。日本人は、知り合いの知り合いは知らないという感覚だろうが、彼らは、本当に知り合いの知り合いは絆があり、いつでも連れていける人達である。
経済の中心である上海は、政治の中心の北京を自分の支配下にある地方都市くらいに思っている・・
彼の時々おかしな日本語と英語の混じった内容の話は、充分なチャイナインパクトを私に与えてくれた。
今、世界で最も急成長を続ける中国・・日本のビジネスモデルを持ち込むのか!ユニクロモデルのように生産をここでするのか! 強くなる中国とどう付き合うかが、求められている。

投稿者: 吉井 日時: 17:37 | パーマリンク
第53回 企業の基本設計
2002年05月01日
「みんなで一生懸命頑張ってるのに儲からない!」と言ったような話を創業間もない社長から時折耳にする。利益を生み出すかどうかは、大きく2つの条件がある。
第一は、【顧客が企業の提供してくれる商品やサービスを選択してくれるかどうか。】その為には提供コストが、顧客の払ってくれる価格より小さいことが必要である。当たり前のことであるが、以外とこのメカニズムが解かっていない経営者がいる。お金にあまり苦労をした事の無い世代の若いボランティア的経営者が、このところ多いのかもしれない。人を喜ばせることが「生きがい」なのは、大事なことであるが、経営に不可欠な儲けることを見失ってしまっては、本末転倒である。
第二は、【企業活動ができる事】企業活動とは、組織メンバーが、共同作業体として活動する事、メンバーが同じ方向を目指し、エネルギーが分散することなく、集中して行動をおこすことにある。
過日、日本電産社長の永守さんの話を聞く機会があり「理念を守れんくらいなら、つぶれた方がええ!!」と言い放った言葉が強烈に脳裏に残った。利益の裏に潜む理念は、大きなエネルギーとなり利益の源泉となり、その理念を共有した個々が活かされるよう組織に、効率的な資源や能力が整っていることが利益を生む条件である事を改めて確認した。
要は、発展するにはマーケットで「自社のサービス、商品が選択される魅力を創る」、その実現のためには「社員の心も智恵も欲も感情もある人間のベクトルを合わせ、奮いたたせる理念とマネージメントする力」があればいい。
今、この時、経営者の一番の大事は「一刻も早く事業全体を儲かる基本設計」に創り直すことである。この5月の連休を利用して、皆さんがどのような環境にいても、利益を継続して生み出す基本設計を試みてみることをお勧めしたい。

投稿者: 吉井 日時: 17:36 | パーマリンク
第52回 「自分評価の目」
2002年04月01日
過日、知人の結婚披露宴で、居合わせた、元金融機関メンバーの輪の中で、「ダイエーへの金融支援をするのに創業者中内さんはすべての私財を差し出し、球団株も含め」・・との話題になった。 中内さんとは、前職の会社で幾度かの新規事業ミーティングを通じ、事業理念、ビジョンに触れる機会があった。メーカーから価格決定権を奪い、流通革命を展開し小売業のリーダーとして生活者に多くの利益をもたらした歴史を創った起業人のオーラを感じた。 中内さんの示したビジネスモデルは、40年間に渡り日本の流通業界を席巻し続け、この間金融機関に支払った金利は5兆をくだらないといわれている。大変な利益を銀行にもたらしている。それを知りながらマスコミ国民世論や金融庁の論調を背に銀行陣は、戦後経済を支えた英雄にすべての私財を出せ!という論調で、多くの人が当たり前のように言っている。 「本当にそうなのだろうか?」、私は疑問を感じた。 口触りのいい国のセルフを鵜呑みにして、独自の見方が出来ない人達の社会になってしまったら、今後本当に志を持った中内さんのような起業家は、出てこないかも知れない。
三月決算を終え、企業の年度業績はますます明暗が分かれてきた。ついこの前、ユニクロがヨーカ堂の利益を抜き株価も5万6000円をつけ話題になった。しかし今では、2000円まで落ち込んでしまっている。また、ここ2年~3年前に公開し華々しいデビューした「時代の寵児」と持て囃され一年後に「落ちた偶像」となっている企業がこのところあまりに多いことが気になる。
次元の違う中内さんを「落ちた偶像でなく流通革命を推進した英雄」として評価されていいのではと思うのは、私だけではないと思う。
一方サクセス・ストーリーとして、セコム,トヨタ、キャノン、リコーそして電気メーカーの多くが苦戦している中で、三洋電機などの企業郡は、本当に長年にわたり安定して好調を維持している。 閉塞感漂うこの時代、本当の成果を上げ、社会貢献した事業を創ってきた事業家の先輩達や、今後時代をリードする元気な企業を、正当に評価する自分の目を持ちたいものである。

投稿者: 吉井 日時: 17:35 | パーマリンク
第51回 未来は現場から
2002年03月01日
過日、「劇団ふるさときゃらばん団長の大内さん」を囲み、インキュベーション先OISIX推薦の旬の野菜たちと南フランスのワインで集いの会を行った。前回のワインと弦楽を楽しむパーティーで、お越しいただけなかった皆さんからのリクエストに答える催しとなった。異分野、世代の違う不ぞろいな男女の語り合うエネルギー溢れる方々から生まれるハーモニーは、何よりのご馳走だと改めて感じた。高揚した時空の中で、人と人が交わり、互いの意識の中にある上質な鮮度の良い情報のキャッチボールが交わされる。
参加者の一人が、ここ一年は女性誌の歴史の中で画期的な一年だったことを熱く語ってくれた。5月に「バイラ」(講談社)9月「Style」(集英社)が創刊、いずれも20代後半の女性をターゲットとし、大ブレークしたのが「Oggi」(小学館)とのこと! 広告収入が、なんと新卒の就職情報誌の売上を上回っており、年間50億「Oggi」とのことである。創刊以来、20代の後半の働く女性のファッションをコンセプトに「オフィスに着ていけるカジュアルな服」といった編集内容で、未婚の自宅から仕事先に通う[パラサイトシングル]の女性達が、対象読者とのことであった。
また、声の通るある方は、最近ドラッグストアーで、犬猫の風邪薬がうれている・まぐろ丼屋さんでの人気メニューは、やまかけ丼・フリマでの人気商品は古着・不登校のこどもは3万人・PCインターネットハイスクールに参加している子が増えている・六本木金魚の○○チャンは・・と生の加工されない現場精通人間情報が飛び交い、まるでアジアの市場のような熱気に包まれる。
昨今、毎日のように会社更生法やリストラ不況大合唱によるマスメディアから提供される情報によって、一億総評論家になってならない!!
いつの時代も、現場にすべての答えがあり、そして美味しいワインと旬の肴食と良き仲間達との語らいが、未来のありかを教えてくれる。

投稿者: 吉井 日時: 17:35 | パーマリンク
第50回 幸せになれる会社
2002年02月01日
「幸せになれる会社って、どんな会社でしょうか?」との会話にこの頃よく出会う。
一人ひとりの幸せの基準が異なるわけだから、自分が幸せになれるのはどんな会社かという視点をまず持つべきだが、その前に働くということが置き去りにされていることがある。従って「働いて得る幸せ」を前提に、幸せになれる会社とは、自分が成長でき自己実現できる会社ではないかと思う。
個人が成長できる企業の条件とは
まず、最初に、揺ぎ無い企業理念を持ち、魅力的なビジョンを描いている事。企業環境が刻々と変化している昨今、その変化に対応していくことは不可欠だが、だからといって基本的な理念がころころ変わるようでは、顧客や投資家から信頼を得る事はできない。また、社員にとっても何を指針に頑張ればいいのか見えないまま、仕事に打ち込む事はできない。もちろん、利潤を追求するのは当然だが、トップが単に「会社を大きくしたい」とか「もうけたい」としか考えていなかったら、共感して働くことはできない。それに対して、「世の中の仕組みを変えたい」「人々に新しい価値を提供したい」といった理念が浸透していれば、おのずとモチベーションが高まり、前向きに仕事に向かえる。それがひいては自分自身の成長につながる。
次に、世の中にない新しい価値を創造しているか?
21世紀のリーディングカンパニーは、「新しい価値を創造できる企業である」と私は確信している。構造変化が起きている今、だれも手がけていない全く新しいビジネスモデルが、これからのオピニオンリーダーになる可能性が高い。そうした先進的な企業と、旧態依然としたビジネスを展開している企業とを比べれば、前者に身を置いたほうが個人としてもはるかに成長できる。
それは、新しい事にチャレンジする機会が多いため、時代の流れに沿ったスキルや技術が身につく。常に変化にさらされ、「気づき」や刺激が多い事にある。
仕事選択やキャリア形成の開放自由度があるか?
若いうちからどんどん仕事を任せてもらえる会社と、補助的業務しかやらせてもらえない会社。どちらが早く力がつくか。いうまでもなく前者である。やる気と能力次第では、年齢や経験の度合いにかかわらず責任ある仕事を任せてもらえ、どのように仕事を進めるかは個々の判断に委ねられ、仮に失敗してもふたたびチャンスが与えられる企業かどうか。
そして、仕事の成果に見合った収入を得られる企業か?
20代から30代前半くらいまでは収入にこだわるのはあまりすすめたくない。昨今はエンジニアを中心に、年収アップのみを目的とする転職が多く見られるが、転職して仕事のクオリティが落ちたらキャリアは逆戻りである。若いうちは給与や待遇より、どんな仕事ができるかを優先すべきである。
しかし、仕事の成果を重視した給与体系でなく、年齢や在職年数だけで給与を決めている企業、その人の市場価値とあまりにもかけ離れた給与しか提示できないような企業は、どこかに問題がある。
また、評価の仕組みも、仕事とは別の力関係が働いて評価が決まるようなところ、仕事内容と対価が不釣合いな企業も避けなければならない。
それでは、その条件を兼ね備えている企業は一体何処なのか?また、出会えても自分を迎え入れてくれるのだろうか?ということも考えて欲しい。要は、漠然とでなく具体的にどうしたいのかつきつめていくと、どうしてもゆずれない条件は譲らず、捨ててもいい条件は、潔くあきらめ決断してゆくことが、「幸せな会社」と出逢う為の早道となる。

投稿者: 吉井 日時: 17:34 | パーマリンク
第49回 ほんまもん経営力
2002年01月01日
新年新心
新年にあたり、皆さん、新たな思いを持って望んでおられると思う。
21世紀幕開けの昨年は、いよいよ「ほんまもん」が勝ち残り、企業間の格差がいちじるしく開いた年となった。
私は、新たな年を例年、故郷の寺山八幡神社で迎えている。今後の当社、並びに投資、支援先企業の勝者の基準値を定め、思いを神社に誓った。
今年の経済環境うんぬんは、その分野の聡明な皆さんに伺ってほしいが、現況で勝ち残る企業の唯一のあり方は、「本当に成長する価値のある独自のビジネスを発掘し、確立して、顧客との接点にすべてを集中すること」だ。そして、自分たちの競い合っている事業分野の中で秀で、ひたすらナンバーワン、もしくはオンリーワンを目指す企業であること。
無駄を省いたスリムな形態を持つ事業であること。
他社とは異なるビジネスモデルを有し、コストが最低であること。
また、商品もしくはサービスの、クオリティが世界水準であること。そして、明解な技術的武器、ニッチ市場で他にない強みを持っている企業になる事だ。その為には、規模はどうあるべきなのか、成長のスピードはどのくらいでゆくのか、また、どのくらいの経営資源の人材と資金を投下して、自分達の先導的なポジションを確保するシナリオを明確にして、決断と実行を繰り返さなければならない。 自分自身にこの問いかけをしない2002年の企業、経営者は理由がなんであれ、早い時期に姿を消すことになる。
今年は、勝負の年になる・・。
いよいよ、サバイバル経済戦国時代の中で、「ほんまもんの経営力」が試される時となった。 今年は、面白くなってきた。そしてチャンスの神様がやってきた!・・皆さん、力を合わせて勝組みの輪を創造し、
2002年馬年を駈け抜けてゆきましょう!
本年も宜しくお願いします。

投稿者: 吉井 日時: 17:33 | パーマリンク
第48回 企業のDNA
2001年12月05日
21世紀幕開けの今年もあと一月、皆さんにとってこの一年は如何だったでしょうか?
年末に近づくと例年、引越しの挨拶状が増える。拡大か、縮小かによるオフィスの移動である。外部環境が激変している今、環境適応できるかどうかに業績が起因すると思われがちである。しかし、実態は違っていることが多い。縮小の共通している事項の一つに、15名から50名、そして100名の規模まで順調に成長してきた会社が、2倍~3倍規模になる事業拡大の過程で頓挫する。売上規模でいうと、3億、そして10億、100億・・のステージで踊り場に入る。様々な要因があるが、主な原因として考えられるのは、内部要因としての社内コミュ二ケーションが寸断することが上げられる。
例えば、10人で始まった時と会社規模が10倍になった場合は、100倍以上のコミュ二ケーションラインが必要となる。事業が拡大し、社員が増えているのに10人のときと同じ組織やマネジメントのままでは考えが伝わらなく、幹部や社員に参画意識が弱まり意志のない集団と化する。
対策として必要なのは、リーダーの理念と判断基準の共有である。組織が大きくなると権限を委譲する必要が出てくるが、実際は権限を行使する基準がバラバラで、ひとつの組織として機能しない場合が多い。
過日、親しくしている友人が、新宿にインディーズに向けたスタジオを創った。オープニングの会場での社長挨拶で「このスタジオは、音響、照明をこだわって創った。しかし、私達は、このことよりも利用者にとって日本一の相談相手となるサービスを目指す」と言い切った。そして、そのあとに続くメンバーからもそういった決意を込めた言葉を、何度か聞いた。彼は、1000億の事業を立ち上げた経営者でもあるが、彼の会社は人が育ち、皆が「うちの会社は・・」と同じことを言っている。いつもビジョンと判断基準が明快である。
判断基準づくりで大切なことは、創業者のDNAを確認し、何を最も大切にするかを明確にすることにある。そして、会社のビジョンや目標に向かっての組織づくり、判断基準のコアを明確にすることによって、現場でリーダーが育ってゆく。
新年を迎えるにあたり、会社の判断基準値をリーダーと共に確認し、その浸透を徹底することをお勧めしたい。

投稿者: 吉井 日時: 17:32 | パーマリンク
第47回 弦楽のしらべ
2001年11月01日
過日、原宿ダイニングカフェSOYで芸大の女子大生による弦楽の音色とワインを楽しむパーティを行った。何を今時呑気なことをと、云われるかもしれないが、たまには心の浄化を多忙な皆さんをお迎えしてやろうと思いついてやってみた。
ヴァイオリンとヴィオラ、チェロによる弦楽器の響きが、体内に入り込み、音が舞う楽しさと面白さを感じた。演奏の後半、彼女等の体全体で奏でる美しい響きのタイタニックのテーマソングが、ゲストの皆さんと一体となり演奏を終えた際拍手のウエーブが起こった。その場でしか味わえない音色に、5歳の時から積み重ねてきた4人の芸大生達による瞬間の輝きを感じた。
会の後半、1975年ボルドーで醸造された蜂蜜のようなワインをはじめ、味わいある様々なワインを古くからの友人がセレクトしてくれ、なんとも優雅で贅沢な時間を仲間達と過ごすことができた。
また、こういった雰囲気の中で、日々の仕事の連続で出会うことのない人々との出会いが、単純に「YOSHII」と言う媒体により出会い、エネルギー溢れる話に展開してゆく。バスケの談話に話し込む2人、料理の作り方で盛り上がるご夫妻、新規事業の夢に話し込む人達、音楽に知識をぶつけあう若者と叔父さん・・心のつながった良い友達同士が鮮度の高い情報を交し合う・・そんなシーンを演出する「縁」創りの楽しさと喜びを感じた。 「そのときの出会いが、人生を根底から変えることがある」好きな言葉であり、実践でそういった経験を重ねてきた。そんな出会いは、身近なところにあるのだろうが、時には、異質な五感に訴える時間と空間に身を置くと、きっと新たな発見と出会いが生まれてくるのではないだろうか!

投稿者: 吉井 日時: 17:31 | パーマリンク
第46回 アジア圏
2001年10月01日
今年になって、台湾、中国、ベトナムへ行ってきた。台湾で視察した工場のクオリティの高さとビジネスマンの颯爽とした姿、ベトナムホーチミン市での、オートバイにまたがる人々が描く運河、そして、中国北京の現状への驚きとショックは、いまだに余韻が残っている。建物のスケールの大きさもさることながら、人々の生き生きした姿と、エネルギー溢れる街の波動。溢れんばかりの人々が、個性を表現したファッションを身につけ、ビジネス街では様々な国の人が、日常的に英語でコミュニケーションをしている。また夜の飲食店に賑わう人々はまるで喧嘩でもしているように語り合い、日本人の食べる3倍もあるような量を食べる。正直言って、まともに戦って勝てる相手達ではないように思えた。
また、面白いと思ったことは、大卒の初任給が、台湾15万、中国15000円、ベトナム4000円とのことであった。そして、日本は20万を超えている。株価8000円台(9月時点)、失業率5%、GDP4月~8月0.8%、そしてアメリカの同時テロ事件と、今世紀の始まりは、完全に赤信号である。「構造変革なくして・・」それは解る、ではいったい日本企業は、今、生き残る為にどうすべきか?
その手段の一つは、中国、ベトナムの生産システムをいかに自社のコスト構造の中に優位に取り込むかが、なすべきことの答えであると思う。
過日、インキュベーション先の元気な企業のコアを検証していると、大半は「コストが低い」ということが共通していた。ユニクロをベンチマークすると、自分で設計し、プロデュースし、自分の店で拡販する構造が見えてくる。そしてコスト構造の中にベトナムや中国を組み入れてゆくことが、生き残る戦略である。
一度、自分の目と肌で中国やベトナムを感じてみることをお勧めしたい、その昔、アメリカが日本の商法を学んだがごとく、新たな、ビジネスシステムと遭遇できるかもしれません。

投稿者: 吉井 日時: 17:30 | パーマリンク
第45回 ポジティブシンキング・・
2001年09月01日
「いや~本社が土砂崩れにあって、半分埋まってしまいました」今年5月の連休明け、インキュベーション先のリュウド社の長澤社長から聞いた第一声である。驚きの事件を、「気にするといけないので連休中連絡しなかったんです。」と、笑顔で語った。
リュウドの長澤社長は、昨年自ら単身で、当社の出島インキュベーションスペースに入居してきた。コンピューターと携帯電話の周辺機器の特許をいくつか持ったメーカーとして、日本一雪深い新潟松之山町の注目ベンチャー企業である。東京で週2~3日、長澤社長自ら新規事業の立ち上げで、陣頭指揮をとっている。
長澤さんが出社してくると、会社に流れる空気が変わる。流暢な英語で海外の企業の皆さんとコミュニケーションをとっている時も、夜遅くまで夢に賭けた様々な仲間達とのブレストの時も、インターウォーズのメンバーやスタッフとの居酒屋談話でも、常に前向きで明るい。エネルギー溢れる起業家独特の波動を持って人と接し、多くの人を元気にしてゆく人間力を持っている。
長澤社長は、昭和35年、新潟県東頸松之山町の旅館の長男として生まれた。高専を卒業後、ソニーの下請け電気部品メーカーに就職、アメリカ勤務を経験。そして勤務先倒産、これを機に、19歳のころから起業家になりたかった『夢を掴むチャンス』だと捉え、1988年個人企業として創業した。スタート時は、2年で売上10万「かあちゃんのヒモ暮らし」(本人談)。黒字まで5年程かかり、92年株式会社となる。
土砂崩れが起きるまでの本社オフィスは、廃校となった保育園を活用し、なんと157坪で月額家賃3万円!(これもまた、彼ならではの技である。)
また、地元の温泉旅館で夕方から働く女性の皆さんを日中パートで起用して、コストを抑え、独自の技術による携帯関連ソフト、ハードを開発、製造、販売し注目されるようになった。地方のハンディを、逆に優位性に変えている。
仕事を終え、長澤さんと時々酒を交わしながらの会話は時空を越えた話に展開し、飲み終えた後、エネルギーの余韻が残る。今回の本社の土砂崩れ災害を、一回り大きな本社に移るチャンスだと、某大手企業の工場跡地へ即断して移転した。
どんな逆境に立っても、ポジティブに捉え努力している経営者は、自らの道を切り開きピンチをチャンスに変えてゆく。長澤さんの経営感は机上で学んだものでなく、逆風にさらされ追い詰められた時々に修得してきた凄みと強さを感じる。
ポジティブな思考と強烈な思いがあれば必ず道は開けると、彼をみていると確信する。

投稿者: 吉井 日時: 17:29 | パーマリンク
第44回 カオスの人間卿から・・
2001年08月16日
過去一年間に活躍した、ベンチャー企業経営者を対象にした「2001年・年間優秀企業経営者賞大賞」に、プラスの今泉社長が選ばれた。オフィスに文具を届ける「アスクル」を独立する育て方の起業手段が、選ばれた要因とのこと。
過日、今泉社長が主催している会で、社内インキュベーションについて、お話をさせていただいた。今年3月、当社の出島を卒業し銀座で「おむすびの十石」の社長としてスタートした葉葺君の紹介をすると、「あなたのインキュベーションの実践は、アスクルに通じる」という言葉を頂いた。「アスクル」の立ち上げは、当社の推奨し実践している「出島」によるインキュベーションがモデルとなったケースともいえる。
先日、出島卒業生の葉葺社長が、新しく参加した27才のパートナーと共に当社に訪れた。 「今年の夏は猛暑で30度を超すと、おにぎりの売上げがダウンする。また5円のコストダウンを袋を・・」といった様々な観点から打ち出される彼の言葉は、すっかり経営者のものとなっていた。彼とは、昨年からの付き合いになる。何故か、運のいい男なのである。よく通常では考えられないような幸運に、恵まれることがある。当社の出島にいた期間は、半年ほどであった。この間出会った多くの人は、彼のファンとなり、「いい情報や案件を伝えて上げたくなってしまう」という声が印象に残っている。強烈なカリスマを発揮するタイプでなく、一人ひとりの中に内在している資源や情報を、さわやかに引き出す静かな起業家である。経営者には、「生みの親と育ての親」がいるといわれる。そういった意味では、バランスのいい企業内アントレプレナーである。
7月26日、日本マクドナルドが上場し、成長スピードに拍車がかかる勢いだ。藤田社長は、一兆円と豪語しておられるが、個人的には何処に言ってもマックのハンバーガーでは寂しすぎる。本来日本人は、米の食生活で育ってきた人種である。65円ハンバーガーの1人勝ちに、「お結びの銀座十石」が一石を投じるファーストフードとして、新たな市場を創生して欲しいと願っている。
創業時、葉葺君は社名を決める際、インターナショナルな名前にこだわった。その理由は、将来海外に進出したいということだった。「たかがおにぎり、されどおにぎり」で夢は大きくシンプルに勝負してゆきたいと。
今日の元気のない日本の企業に一番必要なことは、社内からチャレンジする葉葺君のような起業人を一人でも多く創生することにあると思う。外から、本体にインパクトを与えるエネルギーは、自己変革をできない多くの企業に新たな活力を与える。
このところ大手企業の社内ベンチャーの仕組みに、変化が起こりつつあるが、社内育成方式がほとんどで、実態はなかなかうまくいっていない。大企業から本物のベンチャーが生まれてこない要因は、一言で言えばチャレンジしない風土、仕組みだからである。だから、そういった起業人が出てこないのである。本来、企業の持っているダイナミックな活力と成長力を取り戻すには、「アタッカー育成」にあり、その仕組みと風土をどう創るかにある。
その手段は、創発となる「場」出島を、創ることにある。起業マインドある元気なアスクルの岩田さんや十石の葉葺君のような人材を、外の、社内の風土と異質なカオスの様々なカテゴリーで集っている人間集団卿に送り出すことから、一歩が始まる。

投稿者: 吉井 日時: 17:29 | パーマリンク
第43回 歌舞伎と企業年齢
2001年08月01日
先日、東銀座で歌舞伎座の観劇を見た。常日頃感じることのない異質な時間と空間、着物姿のおしゃれな装いの彼女達、楽しそうな談話姿、若い世代の女性、立ち見の人達までいることに驚いた。
日頃、訪れることのない歌舞伎世界に対して、自分の持っていた概念とイメージがみごとに崩れた。現在、これだけ様々な娯楽があるにも関わらず、歌舞伎が四百年以上も、人の心を魅了してきた「コア」は一体何なのだろうか?
今のように情報メディアがない時代、世相を映す事件を基にしたコンテンツを、「歌舞伎にして、全国行脚するワイドショー」は、人々の暮らしの楽しみだったのかもしれない。また、役者の名前が、「何代目の團十郎」と語り告がれるヒーローは、どの時代にも存在している永遠の存在である。自分の親や祖父、祖母とも、共通の話が弾む話題となる。
日本を代表する文化にまで育った歌舞伎は、先人の人々が時代の空気を感じ取り、それを表現する為に考え抜いた、知恵と努力の結晶とも思える。 帰る道すがら、歌舞伎の歴史に比べ、最近の打ち上げ花火のような、IT系の華々しいデビューを飾った多くのベンチャー企業は、何故こんなにも継続する力が弱いのだろうか?と思った。
四百年とまでいわないにしても、企業が継続発展してゆく条件は、何なのだろうか?
人にも企業にも生まれた時から、年齢がある。企業年齢は、その「絶対年齢ではない」ということを、意外と気がついている経営者が少ない。事業には、生命サイクルがある。
ホンダやソニーそして京セラの創業期、トップ達は、「永い年数をかけてでも、絶対にこれを創り確立する」と自分一代ではできないような百年の計を、自分の言葉で語っている。
社会の中に永く受け入れられるには、当然、価値、レゾンデートルが求められる。これを確立してゆくには、自分の固定した会社への絶対年齢でなく、2010年、2020年から今を見つめるような目線で、「これだけは何が何でも創る」こだわりのコアを確立するこが、揺るぎない社会でのポジションを獲得することに思える。
あなたも、時には東銀座や浅草にいってみたらいかがでしょうか?
きっと、そこには何か発見があるはずです。・・
※歌舞伎のコラムを書いたので、親しくしているITプロデューサーが手がけたサイトを紹介します。
http://www.kabuki.ne.jp

投稿者: 吉井 日時: 17:28 | パーマリンク
第42回 You have to figure it out
2001年07月15日
過日、日経産業新聞に出島(当社のインキュベーションシステムスペース)の卒業メンバーで、株式会社エンダスの川勝君の立ち上げたネット配信サービス事業が、大きくとりあげられた。
彼は、銀行退職後、ベンチャー企業に参加し、その後独自の起業を目指し、大阪から単身上京した。短期間で、独自のコンセプト、経営計画をまとめ上げ、市場リサーチを手際よく行い会社を立ち上げた。 出島に集うアントレプレナー達は、それぞれに個性が強く印象的な起業家が多い。彼のようにエネルギッシュで、強引だが、正直で愛嬌のあるタイプはそうはいない。 彼と共に過ごした期間の中で、印象に残るキーワードは、「自分で考える」人! とにかく独自の目線で物事を見つめ、「考えた」明解な意志ある意見を、常に持っている。 彼と議論していると、多くの人と意見がぶつかる。しかし、議論が白熱し、エネルギーが発揮されることによってプランが深まってゆく。そして、コンテンツある企画が、回を重ねるたびにブラッシュアップされ、多くの人を巻き込み完成度を高めてゆく。自己の思いを考え抜いた頑固なまでの企ては、強い力を持った言葉となり、波紋を広げ進化してゆく。彼のような独特の考えをもっているスタイルは、多くのアントレプレナー達に共通する。
独自の考え方を持たなければ、起業は、始まらないのかもしれない。
時々、当社に来社された方々から「よく、こんなに多くの様々なビジネスのインキュベーションができますね」と関心を持たれ、いろいろ具体的な質問をされる。 「インターウォーズは、起業家の皆さんの事業を作るプロセスを助けることであり、経営上の一番いい答えを出す為のサポートをしてゆく会社です」と答えている。
強烈な思いを持った起業家がいて、はじめてインキュベーションプロジェクトはスタートしてゆく。インキュベーターとして、未来の成功を見つめ、可能性に賭ける案件に取り組み、投資してゆく。その際、その起業家という「人」を信頼して決断する。人を信頼することは、私はプロセスを評価することだと思っている。結果を評価することはたやすいし、誰にでもできる。プロセスを評価し、目利きとして、その人間力を信じ判断し、サポートしてゆくことが私の仕事であると思っている。
起業には、アイディアを形にしてゆくプロデュース(資金、人集めを含め)力、ビジョンを共有化して一丸となったメンバーを顧客との接点にエネルギーを集中させるマネージメント力が不可欠である。そして、日々の一つひとつの小さな創意工夫の積み重ねが、成果として現れる。
未来の成果は、今は見えないが「自分で考えぬいたプロセスから生み出してくる言葉」の中に見えてくる。

投稿者: 吉井 日時: 17:27 | パーマリンク
第41回 ベトナムで出会ったビジネスマン
2001年07月01日
6月上旬、カオスの街ベトナムのホーチミンに行ってきた。オートバイと自転車に跨った人々が、信号機のない道路を、とぎれなく川のように流れ、道脇には牛や鶏が歩いていた。また、永年フランスの領地にあったせいか、フランスパンを売っている姿が街のいたるところに見うけられ、忽然とニューヨークを思わせるような高層ビルが立っている。蒸し暑い日中汗を流した夜、在住の日本ビジネスマンと「バーバーバービール」を飲んだ。Iモードの画面を見て「おたまのようだ」と驚きながら、現地の話を聞かせてくれた。
彼は、3年程前までは、英語もベトナム語もまったく話せなかった。学校にゆく時間もお金もない中で、当地のガールフレンドを通じて言葉を会得とのこと。「今では日常の生活には事欠かないが、自分のベトナム語は女言葉で現地のスタッフを注意してもどうも迫力がなくなめられてしまう。」と苦笑しながら話してくれた。今のベトナムで起こっている経済の出来事は、ほとんど「爆発変化」で、猛烈な勢いで日本に迫っている。月給3000円~7000円の労働者が、真剣に自分の人生を自分でハンドリングしながら必死に生きている。そしてベトナムの庶民達の、人権や命の軽さ、様々なリスクの中で生き抜いてゆく気構えや技術を語ってくれた。彼の発する言語の一言一言には、迫力があった。自分の所属している会社の対する評価や不満を聞くことなく、今、自分が向き合っている世界と、どう呼吸を合わせるかといった現場の話に終始した。 組織に頼っても誰もベトナムでは救ってくれない!理屈でなく体で理解し、人が生きてゆく上での「人間力」を感じた。
社会インフラも会社組織も整備さていない環境は、その人の持っている潜在的な力を引き出すのかも知れない。様々な人との瞬間のような出会いから、その人に応じたソリューションサービスを手際よく対応してゆく姿は、自立した人の強さと頼もしさを見る思いがした。
自分の「人間力」で、仕事を創り上げ「MADE IN 自分」である彼のような姿が、これからの日本にもっと多く出現してくればこれからの未来は明るくなるのだと思う。
別れる際、オートバイにまたがり「お元気で!」と爽やかな笑顔で走り去った姿が、脳裏に残った。

投稿者: 吉井 日時: 17:26 | パーマリンク
第40回 カウンターで・・
2001年06月15日
原宿の朝5時までやっている「クラブSOY」。月2回イベントで流れるレコードの柔らかな音色が好きで、時々アントレ仲間と出かける。常連の客で混み合ってくるとカウンターで飲むことが多くなる。カウンターの中にいるかわいい女の子とたわごとを言いながら隣の仲間と会話を重ねていると、いつもと違った話が展開する。そして異次元の会話に発展してゆくと、ここに集う多彩な顔を持った客と、いつの間にか旧来の仲間のように交わされることになる。
フランスから単身赴任で、日本に来てカルフールを立ち上げたかっこいいおじさん。照明インテリア器具を趣味に創っているお兄さん。モヒカンヘアーで強面のやさしいラジオパーソナリティの年齢不詳の人。時々ラジオやテレビに出てくるアーティストのお姉さん。大金持ちのどっかの社長さん・・・仕事も趣味も楽しんでいる素敵な笑顔の人が多い。(本当にそうなんですよ。編集者いとう談)
こういった人達との引き込まれるような話の展開の中に時々見えてくる素顔は、仕事ポジションに加えて、地域、趣味、家族、研究テーマを持った顔が見えてくる。人は誰でも人生ステージで、それぞれいくつかの役割を持っている。お祭りに参加すれば地域人の人、趣味で絵を書いていれば絵描きの人、家庭を持っていれば父親として、介護ボランティアをしていればそこの人・・以外と意識していない人が多いが、こういった役割が人をバランスよく心豊に成長させてゆく。これを私は、人生のキャリアだと思っている。
キャリアというと仕事や専門知識といったイメージが浮かんでくると思うが、実際はもっと深く幅広いものだ。仕事内に限定しないで上下の縦線でない幅広く横に広がる世界を求めて必要に応じて選択してゆけば、肩の力が抜けてくる。サッカーの監督、花造り職人、恋人も、みんな役割、キャリアの一つだ。いろんな姿を互いが発見できる時、そこにはときめきが生まれ、人と出会い語り合うことがますます楽しくなる。
混み合った原宿の店での明日の出会いのことは、誰にもわからない。

投稿者: 吉井 日時: 17:25 | パーマリンク
第39回 経営者の自分時計
2001年06月01日
今年夏、外食の雄といわれる日本マクドナルドが、いよいよ上場する。社長の藤田さんとは、お会いしてから17年のお付き合いになる。難しいことを極めてシンプルに解かり易く、迫力溢れる語りは今も変わらない。「戦略は一分で云えなければならない」「昨日までにこれをやって欲しい・・??」と、とにかく早く結果を出さないと気が済まない・・。また、会話の中に必ず時間数値が含まれることが多い。
過日お会いした際、「当社で支援したおにぎりビジネスが銀座で第一号店をオープンしたんですよ。」とお話しさせていただいたら、2日後にはもう行かれたようで、「1個100円以下でないと。」といったアドバイスを頂いた。また、藤田さんにアポを入れようとすると、3ヶ月間にわたっての調整になることが多い。案件によってプライオリティーを勿論つけておられると思うが、とにかく濃縮の気絶するようなスケジュールである。私もかなり一日にスケジュールを詰め込むほうだが、藤田さんと比べるとまだまだ入れる事の可能な空白タイムがある。70歳半ばを超えたこの方のエネルギーは、いったいどこからくるのだろうか?
また、仕事柄多くの創業経営者の皆さんと親しくお付き合いさせて頂いているが、食事していている最中に、「今度はどこで誰と食べようか」等や、一年後の計画を立て始めたりと、遊んでいても何故かいつも忙しくなされてる方が多い。暇はどうも疲れるようで、ましてや家でボーとしていることは苦痛だという方もおられる。
以前、某テレビ番組に出演させていただいた際に「起業経営者の条件は、367日意識をもって働けるかにある。そしてビジョンに向かってどういった時間を使うかにある。」と申し上げたことがある。
一人ひとりに与えられた、共通の資源は時間。年間8760時間をいかに使うか、一日一日の使い方によって、それぞれの一年の結果が出る。
経営者の中にビルト・インされている活動時計の多くは、「自らの強烈な思いに向けて、早くて濃い意識の連続」で刻まれているようだ。

投稿者: 吉井 日時: 17:25 | パーマリンク
第38回 20代のあなたへ
2001年05月15日
21世紀ルーキーの20代の皆さんから、「20代のコラムを」とのリクエストをいただいたのでメッセージを送ります。
まず、はじめに「未来のありか」に対して自分を見つめ、自分はどうありたいのか「ありたい自分」をイメージして強く思うことだ!念じるように・・。そして手を上げて宣言する。すべてはここからスタートする。他人任せのシナリオや成り行きでは、5年10年経った時、個々人の力、器はいうまでもなく格差がつく。33歳から36歳までに経営者になりえる力をつけておかないと会社やマーケットから放り出されてしまう。
その為には、3年刻みの目標を張り出し、その為に何をするか、その時間配分を決め継続してゆくことだ。IT、英語、マーケテング、財務、ヒアリング力、プレゼン力をはじめ、ビジネスマンとしての基本MBAを身につけて欲しい。そして実践でのスキル、その道のそれぞれの師匠人脈を築くことも大切である。
キャリアも経営も「決断」の連続である。会社や身の回りに起こる事に対して、自分だったらどうするかを「考える」ことである。間違っても評論家的な浅い聞きかじりの知識で批判ばかりの言語を、金魚のように口から発していては何の進歩も成長もない。例えば自分の所属している事業部長の立場で考えて見ると、いかに自分の考えが足りないかが解る。日々、継続して考える訓練が力となり、自分を進化させる。
本来、学生時代は先人達の歴史を学ぶ場であり、社会人は歴史を創る場なのだから「創造する考力」を身に付けないと、価値がないはずだ。 マナーやルール、知識は先輩達から学べる。しかし、考える力は自分でしか獲得できない。
また、できるかぎり20代は、価値ある人達とのコミュニケーションや目標達成に向き合ったことになら、借金してでも自己投資し自分を磨き込んで欲しい。自分のバリューを創造するには、OSが必不可欠であり、20代はOSを創る時である。余韻の残るまた会いたいと思わせる人達は、決まっていろんな努力や自己投資を惜しまない人が多い。
20世紀を歩んできた会社の上司、先生、両親は、名の売れた大手企業ゼネラリストとして「会社と共に人生を」といった概念で、50代でピークを迎えるような仕組みを、信じて過ごしてきた方々が多い。 しかし、現実は50代の方々の多くは、自分の居場所探しで苦労している。
20代のあなた、10年経った時、あの時の決意と継続した努力、自己投資、人脈の延長に2011年、30代の自分がそこにいる。
「ありたい自分」に向けて、自己実現の第一歩を踏み出していただきたい。

投稿者: 吉井 日時: 17:24 | パーマリンク
第37回 「ベンチャーとは」
2001年05月01日
今は、第5次ベンチャー企業の時代という方々がおられる。しかし、アメリカにはベンチャー企業という言葉はない。以前アメリカに行った際「話題になっているベンチャー企業を教えてください」と質問したら「私の会社はベンチャーです。あの会社はベンチャーだとは云わない。」という言葉が返ってきた。ベンチャーはあくまで行為を指す言葉であり、人や企業を表現する言葉ではないと・・。
ベンチャーという言葉が使われ始めたのは、私の記憶では1970年頃のことである。当時ベンチャーの雄と云われた経営者の一人に、私の親しい友人でソード創業者、椎名尭慶さんがいる。
ソフトとハードの組み込んだパソコンメーカーとして1500人規模まで拡大し、東芝に事業売却をして、その後現在もプロサイドという企業をパワフルに経営しておられる。(私共のインキュベーション先でもある。)
過日、創業時の頃を尋ねると、
「当時の中小企業はほとんど大企業の下請けで、自主独立で誰にも束縛されずに新たなコンピューターマーケットを切り開いていくわけだから、みんなで興奮して取りつかれたように仕事をやっていた。それで自分たちがこれからの情報社会を創ってゆくんだ!なんて思っていたなぁ」
と当時の模様を懐かしそうに語ってくれた。
椎名さんと会っているといつも「未来のありかた」から、それをどう掴むか!といった内容の話の展開になる。そして、常に挑戦していく魂に触れるたびに、刺激されエネルギーを頂く。
きっと、ソード時代椎名さんのもとにいたヤフーの社長井上さんをはじめ、多くのアントレプレナー達が活躍しているきっかけとなったのは、そんな椎名さんのスピリッツに触れ影響され、自分の中に存在した起業マインドが喚起されたからと思う。
事業には、自ら仕掛けてゆくビジネスと、受注により仕事をする事業がある。前者は未来に夢みて果敢に挑戦するリスクを省みないベンチャースピリッツ型中小企業であり、後者は請け型中小企業であるといえる。
ベンチャービジネスとは、前者の新たなマーケットに向かい起業してゆく“思い切って立ち向かうスピリッツをもった人間集団”のことをいうと、私は定義している。

投稿者: 吉井 日時: 17:23 | パーマリンク
第36回 予兆をとらえ勝負をかけた人・・
2001年04月15日
日本を代表するベンチャー経営魂を持ったCSK創業者の大川さんが、3月16日亡くなられた。最初にお目にかかったのは16年前、人材採用の件でお会いして以来、多くのことを教えていただいた。「事業には、必ず予兆が訪れる。その予兆を逃さずにとらえ、これを命がけで事業化する人に対して、天は時流という恩恵を与え、そして使命という責任を負わせる。」ということをモットーとしておられた。いつもお会いするたびに、濁声で大阪弁混じりの迫力溢れる語りによって、持論の経営観や明快なビジョンを伝えて頂いた。「信念を持って未来価値の創造に経営資源を投資し、夢を実現するのが経営だ。僕の経営観は人生観であり、事業は一代限り」「運命は自分で切り開け、運のいい人についていけ」「価値とは目に見えないもの、無形価値をもつことが大切だ」「人がすべて。経営はそれに尽きる」・・経営哲学、ものの考え方、人材感、マネージメントと、経験を通じての思いが刻み込まれた大川語録は、強く印象に残り、私の起業マインドに刺激と影響を与え大きなエネルギーを頂いてきたように思う。
例年年明けに、CSKグループの賀詞交換会が行われる。大川さんの「未来のありか」の話を伺うことを楽しみにしていたが、今年は欠席された。頂いた冊子の中で、「21世紀を迎え、あくなき挑戦をしてゆきたい。どんな事があってもSEGAは、利益を出すまで徹底してやってゆく。今年も挑戦だ。」と紙面を通じて語りかけておられた。
大川さんは、最後まで現役のベンチャー魂を持ち続けた挑戦者だったように思う。
今から思えば、大川さんに最後にお会いした赤坂のオフィスで帰る際、ふかぶかと頭を下げ見送ってくれた姿が瞼の裏に残っているが、お別れのあいさつだったのかもしれない。人との出逢いが、時には人生を根底から変えることがある。大川さんと出会い、学んだことを一人でも多くの起業家達に伝えたいと思う。

投稿者: 吉井 日時: 17:22 | パーマリンク
第35回 人生のCEOに
2001年04月04日
「297,360」この数字は、私が80歳まで生きたとしてあとどのくらいの時間を生きるのかを計算した時間である。 まだこんなにあるのか!これしかないのか!と思うかはそれぞれだが、 自分の人生を30代40代50代のあなたは、逆算して考えたことがあるだろうか? 計算してもみると漫然として過ごす時間などないことに「気付く」。昨年1月14日「30代のあなたへ」のコラムに、多くの方々から反響をいただいた。ここ最近40代の方々から、「40代は?」との相談をよく受ける。誰しも人生のCEO(最高経営責任者)でありたいと思う。 私は、人生設計、キャリア設計は、何に対して、どれだけ時間を使うかといった時間配分を決めるかにあると考えている。これを決断し、実行しなければ思うイメージのようにはいかない。
時々、大企業の幹部やトップに秘書任せのスケジュールや親会社からのスケジュールによって、時間配分をしているケースが見受けられる。 最も大切な自分の有限資源を、他人任せにしている。こういったトップ達の多くの経営はドリフト(流れ)経営となっている。 「事なかれ主義」で任期を過ごし退任するような幹部達によって運営され、その結果決まってリストラを大合唱し、あたかもこれが唯一の戦略のように語っている。 自分の時間配分を自分で決められない人に、他人や組織などマネージメントすることなどできるはずもない。ここ最近、トップ達が時には涙し頭を下げているシーンを目にするが、頭を下げ詫びて辞めれば責任を取るなどと本当に言えるとは私には思えない。 また、自社のそんなトップ、幹部たちを評論家のように揶揄している社員たちはいったいどうなっているのか?と思ってしまう。
さて、40代の人生設計図は、30代と違い年齢によって描き方は違ってくる。新たに一から出直したいと言う方が、時々おられるが、これまでの仕事知識、スキル、経験、人脈は大きな資源であり、これを生かさない方はない。専門のスペシャリストでない限り、プロのゼネラリストを目指し、受け入れて貰うのでなく、参加するマインドで、起業間もない、これからの(人間でたとえるなら)中学生企業に参加して欲しい。社長の片腕としておおいに自らの持てるパワーを、外に向けて発揮して貰いたい。 「やりたいことを、今、先延ばししないでやる」 そしてその連続の延長線に思考の中に描いた目標があることが、肝要と思える。

投稿者: 吉井 日時: 17:21 | パーマリンク
第34回 「お気に入り」
2001年03月15日
過日、ネットサーフィンで気に入ったサイトを「お気に入り」に登録した際、ずいぶん使っていない登録サイトに気が付いた。私はeコマースサイトでよく本を買う。1年前に利用していたサイトは今ではほとんど使うことはなく、最近見つけた安くて早いサイトを利用している。配達料無料、翌日宅配で、実に便利だ。以前使っていたサイト運営会社に対して、忠誠心も変更するコストもゼロ。1ユーザーとして感じることは、インターネットの世界は先行していることが大切だと多くの評論家は言うが、そんなことはない。
同じ物をディスカウントしているまともなサイトであれば、そちらに行ってしまう。「お気に入り」をクイックするだけでいい。マラソンと違い、ネットの世界はパワーある会社が登場しディスカウントしたら、一夜にして顧客が奪われてしまう。体力勝負のフィールドに入ってきた。
昨年、アメリカで4月に起きた“ドットコム・クラッシュ”以降、ネットビジネス株式市場は、冷え切っている。ベンチャーキャピタルは、最初に飛び出したドットコム企業には投資したが、どんどん首位が変わり収益のモデルが見えてこないのでほとんど出さない状況下にある。最近の日本にもその兆候は見え始め、昨今の株価や投資家達は、ドットコム系は右に習えのように金を出さない。
しかし、インフラはますます整備され40%近くがアクセスされつつある環境下の中で、必ず大きな変化が